守護者☆秋の珠紀争奪戦!




秋の麗らかな日差しが降り注ぐ屋上で、夏の熱気にも似た熱いバトルが繰り広げられていた。



「「じゃーんけーん」」

大きな掛け声と共に、鴉取真弘が右手を大きく引き上げる。
それに競うように鬼崎拓磨も右の拳を振りかぶった。
掛け声からわかるように、やろうとしていることは確かにジャンケンなのだが、
二人の間にはまるでこれから格闘でもするような禍々しい闘気が見えるようだ。

「「ぽん!」」

声に合わせて出された手は互いにパー。

「・・・くっ」

「また、あいこか」

二人は出した己の手を苦々しく見つめた。
何故あの一瞬でチョキに変えなかったのかと。

「またあいこですか。これで13回目。奇跡的な確率ですね」

「いや、14回目だ」

二人の死闘を傍観しているのは犬戒慎司と狐邑祐一である。
祐一は先ほどまで寝ていたはずだがいつの間に起きていたのだろうか。
もちろん、ジャンケンでこんな奇跡的な数値が出るはずがない。
ジャンケンの確率は常に三分の一と決まっている。
本来なら既に決着は付いていた。・・・そのはずだった。
しかし、勝負が決まろうとすると、やれ遅出しだ、
やれタイミングがずれたなどと言いがかりを付け一向に勝敗が決まらない。

「おい、拓磨! てめぇ、いい加減負けやがれっ」

「嫌ですよ。先輩こそ諦めたらどうですか」

憎まれ口を叩きながら二人はまた「あーいこで」と右手を振り上げた。

「はぁ〜、何でこんなことに」

慎司はこっそり溜息をついた。
昼休みはもう半分近く過ぎている。
ちなみに今、珠紀はこの場にいない。
拓磨によるとチャイムと同時に教室を飛び出ていったそうだ。
守護五家の守る玉依姫。華ともいえる珠紀がいない屋上は少し寂しく見えた。
そもそもの始まりは明日に迫った「紅陵高校・秋の紅葉狩り遠足」だった。
季封村に唯一ある紅陵高校は全校生徒の数が極端に少ない。
何か行事があるときは学年ごとではなく、常に全校生徒で行われる。
つまりこの遠足も必然的に全校生徒の大移動となる。
今どきの高校生が紅葉狩りというのもどうかと慎司は首をひねった。
山奥にあるこの村は見渡せば嫌と言うほど紅葉が見れる。
わざわざバスを出すほどのものではない。
しかし遠足とは娯楽施設の少ない村から出るチャンスである。
日常とは違った環境で過ごす時間は考えただけで楽しみだ。
ましてやそれが大切に思う人となら・・・。
というわけで、現在拓磨と真弘が争っているのは移動のバス席、もっといえば珠紀の隣席だった。
隣席。
一言で言ってもその意味は広い。
気の合う者が隣ならば長時間の移動中が楽しく快適に過ごせ、その逆ならば重たい沈黙が二人の周りを包み込む。
周囲から聞こえる賑やかな声に虚しい思いをすることになるのだ。
つまり、隣席の相手こそ一日の良し悪しを左右するといっていい。
その重要な席を珠紀と過ごしたい。
楽しく話に花を咲かせ、教師の目を盗んでこっそりとお菓子を交換し合い、
眠った相手の頭が肩に倒れてくるかもしれない。
そんなドキドキなハプニングが待っているかもしれないのだ。
そんな淡い期待と夢を胸に男たちは戦っているのだ。

「邪な考えが見え透いてるな」

祐一の目の前では未だにあいこが続いていた。

「本当ですね。そんなに二人が珠紀先輩を好きだとは知りませんでした」

慎司がポツリとそう漏らすと、真弘が地獄耳を働かせた。

「おーい、ちょっと待て慎司。今聞き捨てならないことが聞こえたぞ」

ビシッと指を立ててこちらを指している。

「そーだ、先輩と一緒にするな」

拓磨もさも心外だという風に肩を落とした。

「何言ってんだっ! そりゃお前の方だろうが」

「なっ! 妙な言いがかりは止して下さいよ」

今度は好きだ好きじゃないの擦り付け合いだ。

「違うのか?」

祐一が責めるように目を細める。

「べ、べべべ、別に俺は、アイツの隣に座る奴がいないと可哀想だなと」

「そそそ、そーですよ。俺だって一人じゃ寂しいだろうと、その、クラスメイトとしてですね・・・」

二人の顔は真っ赤だ。
視線を彷徨わせながら、手を拱いている。

「だーっ。とにかく! 勝負だ! ジャンケンだ! アイツの隣に座るのはこの俺様だ―――っ!!」

真弘は再び拳を空に向けて振り上げた。
その時、

バンッ

と、派手な音を立てて屋上の扉が開いた。 

「珠紀の争奪戦をしているっていうのはここか」

蹴り開けられたらしいドアの向こうに立っていたのは、狗谷遼だった。
どこでその話を聞いたのだろうか。
切れ長の赤い瞳をギラギラさせ、強面の顔が獲物を狙うハンターのように煌いている。

「正確には珠紀先輩の『隣の席』の争奪戦ですけどね」

慎司は冷静に修正を加える。

「一緒だろう。珠紀は俺のものだ」

遼はふんと鼻を鳴らすと、ツカツカと4人の元へ歩いてくる。

「で、勝負は何だ」

「ジャンケンだ」

拓磨が答えると遼は眉根を寄せた。

「ジャンケン?」

「そうだ。今は俺と拓磨で争ってる」

真弘がそう付け加えると、遼は馬鹿にしたようにまたふんと笑った。

「ジャンケンだと。お前ら女を取り合うのにそんなもんでやり合っていたのか」

「んだとぉ? 文句あんのか、灰色頭!」

「馬鹿かお前ら。男の勝負なら・・・」

「くじだ」

拓磨と遼が顔をくっつくのではというほどの距離で睨み合ってると、今まで傍観していた人物が割って入った。
ちなみに、慎司は先ほどまでこの人物が確かに立ったまま寝ていたのを見ていた。

「くじ、ですか?」

慎司が確認するように祐一を見つめた。

「ここに俺が作ったくじがある」

祐一はどこからともなく5本のくじを取り出した。

(いつから用意していたんだ!)

他の4人が驚きと疑いの目でその手を眺めたが、祐一は無視して
(あるいは本当に気づいていないのか)説明を続ける。

「見ての通り、5本の紙縒りのうち1つが赤く染められている」

親指で紙縒りを押さえ、手を広げると、一本だけ先端が赤くなっている。

「これが当たりだ。つまり珠紀の隣の席を手に入れることができる」

4人はジッとくじを見つめた。
そんな中、真弘がおもむろに挙手して祐一に尋ねる。

「なぁ、祐一。どーして5本なんだ? お前と慎司は参戦していなかったはずだぜ」

「俺が珠紀を好きだからだ」

祐一はさらっと爆弾発言をした。

「祐一先輩はさっきからずっとジャンケンに参加したがっていたんですよね」

その証拠がジャンケンの回数だ。
気にしていなければ正確な数など数えていない。

「僕も折角なんで参戦させてもらいます」

慎司はにっこりと微笑んだ。 

「決まりだな。じゃ、真弘から順に引いていけ。俺は作った本人だから最後でいい」

多少納得いかないところもあるが、ジャンケンより早く決着が付きそうだ。
真弘が一本くじを引く。

「ちっくしょー! 外れだ」

次に拓磨。

「ダメだ、俺もだ」

遼。

「・・・チッ」

慎司。

「僕もです」

がっくりとうな垂れる4人をよそに、祐一はその美しい顔で笑んだ。

「ということは残る一本が当たりだな」

祐一はくじを持った手をグッと握り締めると、そのままポケットにしまおうとする。

「静止」

静かな声が響いた。
それに合わせて祐一の手が止まる。
慎司の言霊が発動したのだ。

「慎司。何を・・・」

祐一が目を見開く。

「すみません。ちょっとその紙縒り見せて欲しいんです」

慎司が祐一の紙縒りを指差した。

「何言ってるんだ。俺たちが全員白を引いた以上、祐一先輩のくじは当たりのはずだ」

「そうでしょうか。僕たちはまだそれが本当に当たりかどうか確認してません。
見せてくれますね。じゃないと言霊使うことになりますけど」

拓磨の当然の疑問を慎司は跳ね除ける。

「あ、狐火で焼くのはなしです」

気のせいか祐一が舌打ちをした気がした。
やがて諦めたのか祐一はゆっくりと手を開いた。
そして現れたのは白い紙縒りと赤い紙縒り。
ただし、赤い方は極端に短い。長さにして2センチくらいだろうか。

「どういうことだ」

遼が眉を潜めた。

「祐一先輩はくじに細工をしていたんです。
僕たちにくじを見せたとき、先輩は親指で押さえてましたよね。
5本の紙縒りの先には、その数だけの先端部分がある。でも実際はそうじゃなかった。
ちゃんと繋がっていたのは4本だけで、もう1本は途中で切れていたんです。
『空白補完効果』って言うんですけど、隠れた部分を勝手に頭の中でくっつけてしまったんです。
つまり、くじは全部白だったんですよ。僕たちはそうとは知らずに紙縒りを引きます。
そして残った紙縒りは当たりだと思い込んでしまう」

慎司が長々と説明すると、3人はぽかんと口を開けて見つめていた。
ただ、祐一だけが悔しそうに顔を歪ませている。

「えーと、つまりどういうことだ?」

拓磨がガシガシと頭を掻いた。
パズル好きの拓磨も推理は苦手らしい。

「つまり、まぁ、一番簡単に言うと、祐一先輩はズルをしたってことです」

これ以上の説明は無駄だろうと思い、慎司は結論のみを口にした。

「俺は最初からわかってたぜ。慎司が言わなきゃ俺が言ってた」

真弘はふんぞり返って言い張った。が、誰に目から見てもそれは嘘だった。

「で、どうする? くじも無効だ。また別の方法で仕切りなおすか」

「いいえ、その必用はないと思います」

拓磨の問いに、慎司はあっさり答えた。
全員が不思議そうに慎司を見る。

「さっき引いた紙縒り。僕の予想が正しければ一本だけ短いのがあるはずなんです。
元々あの赤い紙縒りと繋がっていたものでしょう。それを引いた人が当たりです」

慎司が自分の紙縒りを差し出した。
それに習って全員が紙縒りを出し、並べてみる。
慎司の言ったとおり、5本の中で1本だけ短い物があった。

「これで、決まりですね。僕が当たりです」

慎司は得意げに微笑んだ。
他はそれぞれ悔しそうに暴言を吐き、顔を怒らせている。

「あー、明日が楽しみですね」

慎司は楽しそうに明日の遠足に思いをはせる。
なんだかんだで慎司も珠紀と一緒に過ごしたかったのだ。
お弁当にはあれを入れて、あ、手作りのおやつも持っていこうかな?
などと考えていると、再び屋上の扉が開いた。

現れたのは今までこの場にいなかった人物。そして争奪戦の景品。

「遅くなってごめん。みんな揃ってたんだ」

珠紀はいつものメンバーに加え、遼がいることに驚きながらも微笑んだ。
が、すぐにうな垂れる4人に気が付く。慎司だけがいつも通りだ。

「何してたの?」

珠紀が訪ねると、慎司は4人を一瞥してから答えた。

「たいしたことじゃありません」

珠紀はまだ不思議そうにしていたが、やがて拓磨と遼に顔を向ける。

「二人とも行かなくてよかったの?」

その言葉に、二人は顔を見合す。

「何の話だ?」

遼が聞くと、珠紀は呆れて説明した。

「さっき先生が言ってたでしょ。明日になってゴタゴタしないように、
今日のうちにバスの席を決めとくって。私さっき職員室に行ってきたんだよ」

「「何!」」

二人は同時に声を上げた。
授業が終わった後、どうも教室が騒がしいと思っていたらそれだったのかと今更ながらに気が付く。

「ってことはお前、もう席きまったのか?」

横から真弘が待ったをかける。

「はい。バスは学年ごとですから。早くしないと窓際の席が埋まっちゃうんです」

席には限りがある。そして風景が見える窓際は競争率が高い。

「学年ごと、だと」

祐一も目を見開いた。

「流石に全校生徒が一つのバスに乗るのは無理ですからね。それがどうかしましたか?」

「・・・いや」

ということは、学年の違う真弘、祐一、慎司の三人は隣の席どころか、同じバスにも乗れないということだ。

(あの争いは何だったんだ)

3人は深々と溜息をついた。

「席は、席はまだ残っているか!」

「お前の隣は!」

確率が5分の2まで減った。
この好機を逃す拓磨と遼ではない。
半ば詰め寄るように珠紀に質問する。

「へっ? わ、私が出るときにはまだ空いてたけど」

聞き終わる前に二人は走り出した。

「鬼崎、どこに行く気だ!」

「ちょっと用事を思い出してな。そういうお前こそ、どこに行くんだよ」

二人は方をぶつかり合わせながら扉を目指して走る。

「二人ともどこ行くの?」

珠紀が訪ねると、二人はピタリと足を止め、振り向きざまに叫んだ。

「「職員室だ!」」

見事なハモリである。
普段は同属嫌悪から中の悪い二人だが、こうしてみると実は性が合っているのでないかと思える。

「職員室に行くんですか?」

そこに現れたのは最近になって編入してきた言蔵美鶴だった。
まだ真新しい制服に身を包んでいる。
今まで着物を着ていたせいか、その姿はまだ見慣れないところがあるが、
こうしてみるとちゃんと年頃の少女に見えた。
美鶴はその整った顔をにっこりと微笑ませている。

「ああ、悪いけどちょっと急いでるんだ」

拓磨はそう謝ると美鶴の横をすり抜けた。
しかし、謝っているうちに遼が一歩先に足を進めている。

「っ、負けるかっ!」

二人はあっという間に屋上から姿を消した。 

「何事なんです?」

美鶴が珠紀の傍までやってきて尋ねる。
珠紀も首をかしげながら、しどろもどろで答えた。

「なんか、私の隣の席がどうのって・・・?」

その一言で合点がいったのか、美鶴は密かにニヤリとした。
それを見てしまった慎司がビクリと強張る。

「そうそう。私、珠紀様にお知らせしに参りましたの。
私、明日は珠紀様の隣の席ですので、よろしくお願いします」

「そうなの? でも、バスは学年別で」

「先生にお願いしたんです。私まだ学校に来て間もないでしょう。
だから、親しい人と一緒にいさせてくださいって」

「でも、こういう行事だからこそ、クラスの人と一緒のほうが良いんじゃ」

学校行事というもののほとんどはクラスの親睦を深めるのが目的とされている。
とくに、美鶴のようなまだクラスに馴染めていない者なら、
なおさらクラスメイトと共にいるべきである。

「あの、ご迷惑でしょうか?」

しゅんと沈んだ表情で珠紀を見つめる。
珠紀はブンブンと首を左右に振った。

「そんなことないよ。嬉しい。明日が楽しみだね」

「はい」

珠紀が笑ってそう返すと、美鶴は薄っすらと頬を染めて頷いた。

「というわけで、お兄さんは一人でバスに乗ってください」

「ええっ!」

慎司は声を上げた。
まさか、こんな展開になるとは思いもしなかったのだ。
珠紀が駄目でも美鶴は傍にいてくれると思っていたのに。
この状況が以外だったのは3年の二人も同じだった。

「結局、女は女同士かよ」

「仕方ない。諦めよう」

「ってことは、俺は誰と座るんだ?」

クラスの女子を思い浮かべるが、どれもパッとしない。
最悪、男子となる可能性もある。

「あ、先輩たちのクラスは担任の先生が席順を作成してましたよ。
気になって覗いたんですけど、二人とも隣同士でした」

「はぁ!」

真弘が嫌そうに声を上げる。

「またかよ! 去年も一昨年も祐一と一緒だったぜ」

「いや、中学から考えるともっとだ」

「こいつバスの中で、ずぅーと寝てるんだよ。話し相手にもなりゃしねぇ」

真弘は親指で祐一を指して愚痴った。

「そう言う真弘は、勝手に席を離れて、ブレーキの際バランスを崩して、
バス中にスナック菓子をぶちまけて怒られた。バス中コンソメの匂いで、クラスからは文句を言われていたな。
しかも、ちゃんと見てないお前も悪いと俺まで怒られた」

「あれは、お前が倒れこんで俺の席まで奪ったからだ!」

これは腐れ縁としか言いようがない。
この二人は守護者の仲でも中が良いので、心配することはないだろう。
問題は・・・、

「美鶴っ!」

声の方を向くと、そこには汗を滴らせた拓磨と遼が荒い息をつきながら、ドアを押し開けたところだった。
どうやら職員室のある一階まで走り降り、さらに上ってきたらしい。

「どいうことだ。珠紀の隣に美鶴の名前があった」

「見たとおりです」

さらりと美鶴は答えた。同じ説明を二度する気はないらしい。

「そんなことより」

ゼィゼィと遼も睨みつける。

「「どうして俺がコイツなんかと隣同士にならなきゃならないんだ!」」

お互いに指を指しあいながら叫ぶ。

「ちょうど二つ席が空いていたので、僭越ながら私が書き足しておきました」

にこりと微笑んでいるが、その裏に明らかな作意があることに珠紀以外の全員が気づいた。

「嫌なら他の席があるだろ。適当に変えればいいじゃねぇか」

最もな考えだ。
真弘に賛同するように祐一と慎司が頷く。

「・・・んだ」

「ああ?」

「もう席がどこも空いてなかったんだよ!」

悔しげに遼が呟く。
一応担任に言ってみたが決定事項だと取り入ってもらえなかった。

「諦めるしかないな」

「ちっ、コイツと隣同士になるくらいなら、俺は明日は休む。もとからそのつもりだ」

遼はクルリと踵を返した。
この様子だと午後はサボるつもりだろう。

「駄目だよ、遼。だって明日は・・・」

珠紀の声に遼は足を止めた。

「だって、明日の昼食はバーベキューなんだから」

「・・・・・」



かくして「紅陵高校・秋の紅葉狩り遠足」は玉依関係者全員が出席で無事行われることとなった。
それぞれがどんな思いで過ごしたか、それはまた別のお話。



<了>



はい。久々の小説ですね。いかがだったでしょうか。
今回は小説強化月間ということで、2007年12月に行ったアンケートを元に書いてみました。
この話の元ネタは「拓磨と真弘の珠紀取り合いとか!」というコメントです。
そこから発展させて、守護者全員、果ては美鶴まで珠紀の取り合いをしています。
初めて書くキャラクターも多いので、崩れている節もあるかもしれませんが・・・精進します。