風の使い方




「だからぁ、悪かったって言ってるだろ」

とある日の放課後、通学路にはいつになく早歩きで前を行く珠紀とそれを追いかける真弘の姿があった。

「知りません。校門で待ってるって言ったのに、
いつまで経ってもこないから心配して見に行ったら、教室で寝てるなんて」

「だから、悪かったって」

真弘の謝罪に耳を貸さず、珠紀はどんどん先へと進んでいく。
取り付く島もないまま、真弘はそれ以上何も言わず珠紀の後をただ追いかけていた。
ふと、珠紀が歩みを止める。
それに伴って真弘も足を止めた。
不思議に思って珠紀を見れば、珠紀の視線は前方ではなく別な方を見ている。
自然と真弘もその視線の先を追う。
そこには二人の子供の姿があった。
村の子供たちである。
男の子が大きな木を見上げ、女の子は手で顔を押さえている。
恐らく泣いているのであろう。

「どうかしたのかな?」

珠紀が真弘に問いかけた。

「さぁな。それより、さっきの話だけど」

「あっ!帽子が引っかかってる。あれを取ろうとしてるんだね」

真弘の話など全く聞かないで、珠紀の視線は子供たちへと注がれている。
見れば木の高いところに、小さな帽子が引っかかっていた。
珠紀らしいいえば珠紀らしい。
先ほどまで怒っていた自分のことより、困っている他人のことを思う。
真弘はしょうがないと諦めた。

「先輩、あれ取ってあげられないかな」

「ああ!オレに登れってのか」

「だって、そんなことできそうなの先輩しかいないじゃない」

「あのなぁ、なんでわざわざ木に登るんだよ」

真弘は大きく溜息をついた。
それを否定と受け取った珠紀は、キッと真弘を睨みつけた。
その瞳には怒りの他に、わずかながら悲しみも混じっていた。
思わず真弘はたじろいだ。

「先輩のバカ!そのくらいやってくれてもいいじゃない。
子供たちが困ってるのに、何もしないなんておかしいよ。もういい、私が取ってくる!」

「あっ、ちょっと待て!」

真弘の言葉を無視して珠紀は踵を返すとさっさと子供たちの方へ駆け寄っていった。

「大丈夫?」

泣いている女の子に優しく声を変える。
顔を上げた女の子はやはり泣いていて、何か話そうとするが、喉が使えて言葉にならない。
それを代弁するように、男の子が答えた。

「きにぼうしがひっかかっちゃったんだ。でも、どうしてもとれなくて」

そう言う男の子も今にも泣きそうにしている。

「よし!お姉さんに任せなさい」

珠紀はどんと胸を張った。
ぱっと子供たちの顔が明るくなる。
その表情に勇気付けられて、珠紀は気合を入れなおした。
とはいえ、どうしたものだろうか。
見るからに珠紀の身長では帽子には届きそうもない。
ここは棒で木を揺らすか、登るかしかなさそうだ。
珠紀は辺りを見渡したが、手ごろの棒は見当たらなかった。

「やっぱり登るしかないか」

スカートで登るのは少し抵抗があるが、誰にも見られなければ大丈夫だろう。
二人の子供は心配そうに珠紀を見上げている。
珠紀は安心させるように笑った。

「大丈夫。これでも木登りは得意なんだから」

珠紀が木の幹に手を掛けると、ふわりと頬を風邪が撫ぜた。

『俺に任せろ』

気のせいだろうか。
風に乗ってそんな声が聞こえた気がした。

(え?)

そう思った次の瞬間、今度は一陣の突風が吹き荒れた。
それは草を揺らし、木を揺らし、風に煽られた枝は難なく帽子を手放した。
飛ばされた帽子がポトリと地面に落ちる。
珠紀がそれを拾いにいく前に、誰かの手がそれを拾った。

「先輩?」

真弘はどこか呆れたような、それでもどこか誇らしげな顔をしていた。

「バーカ。だから待てって言ったんだよ。俺様の力を使えばわざわざ登らなくたってあんなもんすぐ取れる」

真弘は風を操る力を持っている。
その力を使えば、確かにもっと楽に取ることができた。
真弘は女の子のところまで歩いていくと、ポスッとその頭に帽子を被せた。

「ほら、もう飛ばされるなよ」

ニッと笑って、頭をポンと叩いた。
女の子は帽子をぎゅっと握って、にっこり笑って「うん!」と答えた。

「ありがとう、おにいちゃん、おねえちゃん」

二人は礼を言うと手を繋いで仲良く走っていった。

「さーて、俺らも帰るか」

一仕事終えたとばかりに、真弘が伸びをしながら振り返ると、そこにはしゅんとした珠紀の姿があった。

「あん?どうした」

「先輩、ごめんね」

「何がだよ」

「私、先輩のこと『何て冷たいヤツなの』ってちょっと思った。先輩の風はあんなに優しいのに・・・」

突風が吹く前に頬を撫ぜたあの風。
あれは真弘が起こした風だ。
自分を労わるような、安心させるような。
あの風はまるで『俺に任せろ』と言っているようで、珠紀に対して何処までも優しかった。

「なのに、私、バカとか言っちゃって」

「別に気にしてねぇよ。お前があいつらのために必死だってのは分かってたしな。それもお前の優しさだろ」

「・・・先輩」

珠紀は少し潤んだ目で真弘を見つめた。
その表情に真弘はうっと詰まった。

(ったく、んな表情するなっての。襲いたくなるだろーが)

沸き起こる感情を抑えるように、真弘は頭を掻いた。

「あー、少しでも見直したってんなら、さっきのアレ、チャラにしてくれるか?」

「アレって?」

「怒ってただろ。遅刻したって」

「ああ!」

珠紀はポンと手を打った。

「忘れてたのかよ。言って損したぜ」

真弘はガックリと肩を落とした。

「ふふっ、いいですよ。かっこい先輩が見れましたからね」

珠紀は先ほどとは違って上機嫌に笑って答えた。

「私、先輩の風って好きです。優しくて、強くて。
風に触れていると、『ああ、先輩が守ってくれてるんだな』って思います」

トクン

と、真弘の鼓動が高鳴る。
頬が熱くなるのを感じる。
まるで改めて告白されたような、そんな感じだ。

「ま、まーな。この鴉取真弘様にとっちゃ、こんなの朝飯前よ。と、今は夕飯前か。でもな、珠紀」

「何ですか?」

きょとんと珠紀が首を傾げる。

「風ってこういう使い方もできるんだぜ」

言うや否や、ヒュウッと音を立てて風が舞い上がる。
そう、ちょうど珠紀の足元の方から。

「きゃぁ!」

珠紀は慌てて浮き上がったスカートを押さえた。

「あははははっ。な?便利だろ?今日の下着は白か。
んー、俺としてはもうちょっと色気のあったほう・・ぐぁっ」

バチーンと派手な音を立てて、真弘の頬が叩かれた。

「先輩のバカ!エッチ!」

珠紀は顔を真っ赤にして、走り去っていった。
後に残された真弘は、叩かれた頬を押さえてその姿を見送っていた。

「いってー。珠紀のヤツ思いっきり殴りやがって。
ま、これくらいされないと、ヤバかったからなー、俺も。マジで襲うとこだったし」

日に日に強くなっていく想い、日に日に女性らしくなっていく珠紀。
最近そんな珠紀を見ているのがつらいときがある。
このまま大切に扱っていけるのか自身がない。

「俺もそろそろ限界かも」

真弘はもう盛大に溜息をつくと、よくやく帰路についたのだった。




<了>




すいません。まず謝ります。
先輩にスカート捲りなんかさせて。
だって、風って言ったらこんなことしか思いつかなくて。
小学生並みの恋愛ってこんな感じかと思って、書いちゃいました。
彼にとってこれは照れ隠しです。
好きな子にワザと悪戯しちゃうってやつです。