弁慶の私室お掃除大作戦!
旧拍手なので、ちょっと形式が他とことなります。




其の零


「さぁ、皆さん準備は出来ましたかぁ?」

幼稚園の先生のごとく、皆を一箇所に集めて望美は周囲を見渡した。
八葉と白龍、そして朔。
それぞれ手には雑巾やらハタキを持っている。
中にはマスクや三角巾をしている者まで。
現在いる場所は見るも恐ろしい弁慶の私室である。
何故このような格好をして皆が集まったかと言うと、きっかけは望美の一言にあった。

『弁慶さん、そろそろ片付けた方がいいですよ』

『でも二人じゃ大変だから、みんなにも手伝ってもらいましょうね』

こうして呼び出された被害者、ではなく一行は弁慶の部屋を片付けるために集まったのだった。

「あぁ、折角の秘密の部屋だったのに・・・」

どうしてこうなったのかと弁慶は肩を落とした。
それもこれも、片づけを怠ってしまった自分が悪いので文句は言えない。
こうなったら、他人をとことんこき使ってやるまでである。

「ったく、どうやったらここまで汚くできるのかねぇ」

溜息をつきながらヒノエは周囲を見回した。
辺りには書物や巻物、その他用途の分からない怪しげな物が散乱している。

「全くだ。またこんなに散らかして」

九郎が腕組みをして怒り出した。
望美は怒りを何とか抑えようと、話題を変えようと話しかけた。

「九郎さん、この部屋のコト知ってたんですか?」

「ああ、こいつ昔からいつの間にか屋根裏に隠し部屋を作ってるんだ。
さすがに初めてみた時はビックリした。
たまに来てみたらいつも散らかっていて、結局オレが片付ける羽目になるんだ。
まさか景時のところにもあるとは思わなかったがな」

「寄生虫みたいなヤツだな」

「失礼ですね、将臣くん。僕は虫ではありませんよ」

「景時も気を付けたほうがいいぞ。
今はまだマシな方だが、放っておくともっと酷いことになる」

九郎は真剣な顔で、梶原兄妹を見やった。

「そんな〜。困るよぉ」

「そうです。ウチには絶対はびこらせません」

オーバーリアクションで嫌がる兄と、冷静に拒否する妹を見て、弁慶は溜息をついた。

「僕はカビじゃないんですけどね」

「まぁまぁ、いいじゃないですか、弁慶さん。それじゃ、みんな頑張って綺麗にしようね」

「「おーっ!」」

こうして弁慶の隠し部屋お掃除大作戦は始まったのだった。



<続>




まずは導入編。
弁慶さんはひどい言われようですね。
あの部屋に全員上がっていったらきっと床が抜けるだろうと思いますが。
全員いなきゃ話が始まらないので。
秘密をあっさり神子様がばらしちゃうのも同じ理由なんです。
次からいよいよ大掃除が始まります。
第一の被害者は・・・。 






其の壱


「それにしても、たくさん本があるなぁ」

「そうねぇ、確かに弁慶殿は物知りだもの。意外と研究熱心な方なのかもしれないわね」

こちらは白龍の神子・望美と黒龍の神子・朔の担当場所である。

「んー、何て書いてあるんだろ。弁慶さんは龍神の神子についての書物があるって言ってたけど」

望美は数冊の本を手にとって見てみるが、表紙には行書体の字が書いてあり、
現代から来た望美には何が書いてあるのかさっぱり分からない。

「貸してみて、読んであげるわ」

そう言って差し出された手に、望美は素直に本を差し出した。

「これは『薬草学』と『兵法』ね。」

「そうか。弁慶さんは薬師かつ軍師だもんね。ちゃんと勉強してるんだ。えらいな」

「そうね。確かに凄いと思うわ。こういうところは兄上にも見習ってもらわなくてはね」

「あはは。他には何があるの?」

「『誰にでも出来る黒魔術』、『これで君も呪い知らず!かんたん呪詛返し』、
『ダメ上司・ダメ部下と上手く付き合う百の方法』・・・」

「・・・・」

「・・・・」

「べ、弁慶さんってホント博識ぃ〜」

「そ、そうね」

あはは、ほほほ。と乾いた笑いが起こる。

「あれ?これは何だろ」

望美は足元にあった一冊の本を取り上げた。

「望美、もうやめたほうがいいんじゃないかしら」

「でも、なんか凄く気になるな。大きく丸が書いてるし、これだけ他のと比べて頑丈な感じがする」

「そういえばそうね」

始めは戸惑っていた朔も、怖いもの見たさに覗き込んだ。

「『マル秘 私怨帳』」

「朔。これって・・・」

食い入るように表紙を眺めていた望美の視界から、さっと本が消えた。

「いけない人たちですね」

「弁慶さん!」

持っていた本は弁慶の手によって引き抜かれたようだ。
弁慶は奪い返した本を隠すように抱え込むと、にっこりと微笑んだ。

「あまり余計なことばかりしてると、コレのネタになっちゃいますよ」

望美と朔の背中にゾクゾクと悪寒が走る。

(その笑顔が怖いです。弁慶さん)

「あの、私たち何も見てませんから。ね、望美?」

「そうです。本当に何にも。じゃ、朔。作業に戻ろうか」

「そうね。早く済ませちゃいましょう」

そう言って慌てて掃除を再開する。

「ふふ。そうですか。それは残念ですね」

弁慶が去った後には、書物のタイトルなど全く見ずに黙々と作業する二人の姿があった。


「二人とも何か勘違いしたようですね。これはただの日記なのに。
まぁ、確かにいろいろ書いてますけどね。そう、イロイロ」

怪しげな笑みを浮かべて、弁慶は大事そうにそれを懐にしまいこんだ。



<続>



第一の被害者「神子サマーズ」。
あの本の中に何が書いてあるかは謎。
でも、きっと見ないほうがよいものでしょう。
世の中には知らなくてもイイコトがたくさんあるんです。
一番面白いのは、怖い本の中に一冊、『ダメ上司・ダメ部下と上手く付き合う百の方法』があることです。
きっと彼なりに、苦労してるんです。

さて、次の被害者は・・・。 





こちらは景時・リズヴァーンの担当場所。

「あれ〜?リズ先生何やってるの?」

景時が中腰の体制で固まっているリズヴァーンに声を掛けた。

「神子に口布をしているから、ハタキを掛けてくれと言われたのだが・・・」

「あー、リズ先生大きいからねぇ。ここ天井低いから身動き取れないんだー」

景時は顎に手を当てて、うんうんと頷いた。

「実は、そうなのだ」

リズヴァーンの身長は193センチ。
正直言って長時間の中腰体制は腰にくるのである。

「望美ちゃんに言って、場所を変えてもらったら」

「いいのだ、景時。神子がそう望むなら」

いつでも望美に忠実なリズヴァーンである。
ちょうどその時、望美が様子を見にやってきた。

「先生、さっきから動いてないけど、どうかしたんですか?」

「望美ちゃん、ちょうどいいところにきた。実はリズ先生なんだけどさ」

「先生、どうかしたんですか?」

「答えれられない」

あくまで大丈夫だと言うリズヴァーンに、景時は余計な助け舟をだした。

「望美ちゃん。先生さ、その〜アレだから結構きついと思うんだ。
だから、違う場所に移動できないかな?」

それを聞いて望美はポンと手を叩いた。

「そうですよね。その歳じゃキツイですよね。じゃあ、下に行って白龍と交代してください」

景時が身長という意味で出したアレという言葉を、年齢のことだと勘違いした望美は全く悪気のない無邪気な笑顔と共に、
グッサリとリズヴァーンのガラスのハートを傷つけたのだった。

「・・・お前が、そう望むなら」

大きなダメージを受けたリズヴァーンはフラフラと下に降りていった。

「あれ?私何か言ったかな」

望美は小首をかしげたが、何が悪かったのか全く分かっていない様子である。

「神子?リズヴァーン、どうかしたの?」

入れ替わりに上がってきた白龍が、リズヴァーンの様子を気に掛けて話しかけてきた。

「何か、隅っこで膝抱えてしゃがみこんでいるよ」

「ええ!どうしたんだろ」

「あ、あのさ、望美ちゃん」

さすがにフォローしなければと思った景時は、思わず望美に声を掛けた。
が、これが間違いだった。

「どうしたんですか?景時さん。あ、景時さんもキツイんですか?もう三十路前ですもんね」

ゴーン

景時は頭にタライを食らったような鈍い痛みを感じた。

(三十路前、三十路前三十路前・・・)

同じ言葉が頭の中をグルグルと回る。

「じゃ、景時さんも下へどうぞ」

にっこりと何の穢れもない笑顔で見送られて、景時もフラフラと時々物にぶつかりながら下へ降りていった。
一階では、大のでかい男が二人、膝を抱えて暗い影を落としていたという。
時折シクシクとすすり泣く声も聞こえたとか、聞こえないとか。



<続>



だって、あの部屋の中腰姿勢はきついと思うよ。
絶対みんな何度か頭をぶつけているはず。
ウチの神子はサラッと人の気にしていることに触れちゃうのでちょっと怖いです。

さて、次の掃除区域は・・・。 







其の弐


「なんでオレが、野郎の部屋なんざ掃除しなきゃいけないんだ」

「仕方ないだろう。これも神子のため、八葉の勤めだ」

「姫君の部屋なら喜んで掃除するんだけどね」

こちらはヒノエ・敦盛の担当場所である。

「だいたいこの部屋、怪しすぎなんだよ。本とか薬品とか、見るものすべて怪しく見えるぜ」

「確かに、先ほどから何かの干物とか、何かを液体に漬けている物とか。それが何なのか分からないところが怖いな」

「げっ!ヌルッとした物踏んじまった。何だよコレ、すんげぇドギツイ紫色してんだけど」

「ダメだ、ヒノエ。目眩がしてきた」

クラクラとゆがむ視界に耐えかねて、敦盛は頭を抑えた。

「耐えろ、敦盛!これも神子のため、八葉の勤めなんだろ」

「ああ、そうだったな」

その言葉で何とか持ちこたえた敦盛だった。

「進み具合はどうですか?」

そこにやってきたのは、すべての元凶である弁慶である。

「最っ悪」

「私が言うのも何ですが、弁慶殿。これはヒドイです」

「そうですか?」

二人からでる不満にも弁慶は全く堪えてない。

「折角いい物持ってきたんですけどね。そんなこと言ってるとあげませんよ」

「いい物ぉ?」

「ええ、コレですよ。さっき片付けてたら見つけたんで」

そう言って弁慶は一冊の本を差し出した。
ヒノエもとりあえず受け取って疑わしげに中を確認する。
開いてザッと中を読むと、すぐさまパタンと本を閉じた。
そして真剣な目で、弁慶を見る。

「おい、コレ本当に貰っていいのか」

「僕にはもう必要ありませんから」

「ヒノエ、一体何を貰ったんだ?」

興味をそそられて、敦盛はヒノエに尋ねた。

「おっ、敦盛も見るか?何だかんだで、お前もしっかり男だよな」

「は?何を言っているんだ」

意味深なヒノエの言葉を他所に、敦盛は本を受け取って中を見ると、すぐに閉じた。
そして、顔を真っ赤にして、ヒノエに本を押し戻した。

「べ、べべ、弁慶殿、コ、コレは一体・・・」

「僕の秘蔵書ですよ」

「それが何か?」と言わんばかりの表情に、敦盛はこれ以上何も言えなかった。
一方、ヒノエはいつにない親しい感じで、弁慶と肩を組んで話している。

「いやぁ、やっぱ持つべきものは叔父さんだよな」

「ふふ。君からそんな言葉をもらえる日が来るとは思いませんでした」

「それでさ、もっとこーゆー感じなのないわけ?」

「あー、それなら・・・」

すっかり盛り上がっている二人に、敦盛は妙な悔しさを感じ、ボソリと呟いた。

「・・・・やる」

「敦盛、なんか行ったか?」

いきなり声のトーンを落とした敦盛にヒノエが聞き返す。

「神子に言いつけてやる」

そう言って、望美の元へまっしぐらに走っていく敦盛にヒノエと弁慶は慌てた。

「ちょ、ちょっと待て!敦盛」

「そうです。早まるのはやめなさい!僕らが軽蔑されてしまいます」

悲痛な叫びも虚しく、この後望美にこってり絞られた上、この本が取り上げられたのは言うまでもない。

「あんたのせいだぜ」

「何を言うんですか。君のせいでしょう」

こうして、一瞬仲の良くなりかけた叔父と甥の絆は振り出しに戻るのだった。



<続>



この手のことに対しては、弁慶とヒノエはかなり気が合うと思います。
そうでなくても、何だかんだで気が合ってるので朱雀組は大好きです。
おまけに、敦盛が入ってくると何故か和みます。
彼には純でいてほしい・・・。

さて、お次は・・・。 







其の四


こちらは有川将臣・譲兄弟の担当場所。

「さすが薬師なだけあって、薬草とかたくさん置いてあるな」

「そうだね。戦いの後とか弁慶さんには凄くお世話になってるよ」

「まぁな。弁慶の薬は怖いくらい効くよな」

などと、会話をしながらそれなりに真面目に掃除をしていた二人だったのだが、ふいに譲が声を揚げた。

「あ!こ、これは!!」

「ん?どうしたんだ、譲」

見ると譲の手には、紙に包まれた黄色い粉末状のものが乗っていた。

「弁慶さん、これってもしかしてウコンですか?」

少し離れた所にいた弁慶を呼んで、譲は尋ねた。

「ええ、そうですよ」

その言葉に、譲は他にもいくつか見せて尋ねる。

「これはシナモン、こっちはクローブですよね?」

「君たちの世界では何というか知りませんが、桂枝(けいし)と丁子(ちょうじ)ですよ」

「やっぱり。兄さん、コレは凄いよ」

「何が凄いんだ?」

弟の真剣な表情に、つられて真剣に将臣は聞き返した。
譲が中指でメガネを上げると、キラリとレンズが光る。
その様子に、将臣と弁慶はゴクリと喉を鳴らし、次の譲の言葉を待った。
そして、十分なほど間を空けて低く呟いた。

「カレーが出来る」

「何!?カレーだと!」

譲の予想外の一言に将臣は素早く反応した。
一方カレーという物を知らない弁慶は、半ば興ざめしたように尋ねる。

「何なんです?その『かれい』というのは」

「『かれい』じゃなくて、カレーだよ。オレらのいた世界では最もポピュラーな食い物なんだぜ」

「まぁ、まず嫌いな人はいませんね。さまざまな香辛料を使って作るんです。
中には人参やジャガイモ、肉を入れて煮込む料理ですよ」

「へぇ、それは是非食べてみたいですね」

初めて聞く料理に、弁慶はとても興味を引かれたようだ。

「なぁ、譲。マジでできんのか?カレー」

「僕らが食べていたものとは違うと思うけど、胡椒や生姜で味を付ければ、かなり近いものが出来ると思うよ」

「くぁ〜、マジかよ。3年ぶりだぜ。久々すぎて、考えただけでヨダレが出てくるな。
そう聞くと、かすかにカレーの香りがする気も」

そう言って将臣は鼻をウコンに近づけ、くんくんと匂いをかぐ。

「兄さん、ウコンからはカレーの香りはしないよ。それに、そんなに近くでかいだら・・・」

「ふがっ」

粉末の細かい粒子が、将臣の鼻の中に入り込み、ひくつかせた。

「はっ、はっ」

「だから言ったのに。兄さん、抑えて!」

しかし、譲の必死の制止にも関わらず・・・。

「ぶぇっくしっ!」

なんとも親父くさい豪快なくしゃみと共に、ウコンの粉末は中に舞い上がり、
正面にいた譲はその被害をもろに受けてしまった。

「ワリィな譲」

へらっと笑って見せるが、譲に通じるはずもない。

「兄さん、食べ物の恨みは怖いって知ってるか」

「まだ、食べ物にもなってないだろ。弁慶助けてくれって、いないし!」

隣にいたはずの弁慶の姿は、忽然と消えていた。

(ちくしょー、アイツ危険を察知して逃げやがったな)

舌打ちするも、もはや将臣に逃げ場はない。
譲は固く握り締めた拳をブルブル振るわせ、将臣に詰め寄った。

「折角、先輩に食べてもらって『さすが、譲くん。すごく美味しいよ』って
褒めてもらうつもりだったのに。どうしてくれるんだ!」

「落ち着けって。それとお前、妄想壁酷くなってねぇか?」

「うるさい!問答無用だぁ。オレと先輩のランデブーを返せぇ!」

「ぎゃあぁぁ」

後には将臣の無残な姿が残っていたという。



<続>



はたして本当にカレーが出来るかは知りませんが、スープカレーぐらいならできそうな気がします。
とうか、譲なら作れそう。
将臣にとってはかなり久しぶりの味なので、食いつきがよさそうです。
本当は将臣のくしゃみの後に「ちきしょー」とか「あ゛ー」とか付けたかったんですが、
あまりにも親父くさくなるのでやめにしました。

残っているのは後・・・。 









其の伍


「なんっで、オレがこんなことを!」

九郎はブツブツ文句を言いながらも、テキパキと仕事をこなしていた。
そんな彼に、白龍がてててっと走ってやってくる。

「くろー、向こうでこんなもの見つけた」

白龍の手には透き通った桃色をした液体の入った瓶が握られている。
それを見て、苦労は溜息をついた。

「あまり余計なことをすると、えらい目に合うぞ」

「どういうこと?」

「昔からオレは弁慶の部屋の掃除を手伝っているんだが、そのたびにヒドイ目に合うんだ。
本棚を掃除してたら、見てはいけない物を見てしまったり・・・」

白龍が視線を移すと、またもや危険な本を発見してしまって青ざめる朔の姿が目に入った。

「妙な液体に触れて、一日中かゆみが引かなかったり・・・」

さらに視線を移すと、「痒い!」と叫びながら足をかいでいるヒノエの姿と、
それを「当然の報いだ」と、楽しそうに見つめる敦盛の姿が目に入る。

「粉をかぶってくしゃみが止まらなかったり・・・」

またさらに視線を移すと、くしゃみが止まらなくなった譲の姿が目に入った。

「本っ当に、散々な目にあった!おまけに、中腰でいるから翌日腰に来るんだ」

白龍は下で膝を抱えてすすり泣いているリズヴァーンと景時を思い出した。

「うん。九郎の言ってること凄くわかるよ」

「わかるか!ここは一見ただの隠し部屋に見えて、実はとても危険な場所なんだ!樹海だ!」

九郎は今までの過去を思い出し、ゾクゾクと身震いした。
まさに、背後では過去の彼と同じ経験をしている仲間がいるとは知らずに。

「だから、それは元の場所に戻して来い」

「うん」

納得した白龍は、またてててっと走って瓶を戻しに行った。
行ったのだが・・・。
たまたま積んであった本に足が引っかかり。
たまたま転んだ白龍の手から瓶が放り出され。
たまたま瓶の蓋が外れ。
たまたま正面にいた望美に、見事に液体が頭からかぶってしまった。

「望美!」

物凄い偶然の一部始終を見ていた九郎は、急いで望美の元へ駆け寄った。

「大丈夫か?」

「九郎・・・さん?」

駆け寄ってきた九郎を見上げて、二人の目がかち合うと、望美はポッと頬を染めた。

「どうしたんだ?具合でも悪いのか?」

弁慶の薬である。
何か変な物だったのではないかと九郎は怪しんだ。

「違います。あの、九郎さん」

そう言って見上げる望美の瞳はいつになくトロンとしていて、潤んでいる。

「私、九郎さんが好きみたい」

「なっ・・・///」

いきなりの望美の告白に、九郎は顔を真っ赤に染めてじりじり足を引いた。
しかし、引いた分だけ望み見が詰め寄ってくる。

「どうかしたんですか?九郎」

ちょうどその時、薬を作った張本人である弁慶が通りかかった。

「弁慶!コイツをどうにかしてくれ!」

「おや?これは」

弁慶は落ちていた空の瓶を拾い上げた。

「なるほど。これのせいですか」

「なんなんだ!その怪しい瓶は」

そうしている間にも望美に距離を詰められている九郎は、切羽詰って問いただす。

「惚れ薬ですよ。といってもまだ試作段階ですが」

「惚れっ・・・。な、何でそんな物を作るんだ!」

「ナイショです。一番最初に見た人を好きになるようにしたんですが、その点では大成功のようですね」

予想以上の出来の良さに、満足して微笑む。
一方、望美に迫られ続けている九郎はというと、

「何が大成功だ!どうにかしてくれ!」

と、このような状況に慣れていないため、かなり動揺していた。

「九郎さんは私のこと、好き?」

ついに壁際まで追い詰められた九郎は望美の質問に困惑した。

「そ、そんなこと言えるわけないだろう!」

「嫌いなの?」

ふぇっと涙があふれ、今にも泣き出さんばかりの望美に、九郎は慌てた。

「ち、違う!そうは言っていないだろう!」

「じゃあ、好きなんだ!嬉しい!」

そう言って望美は苦労に飛びついてた。

「おやおや」

さすがの弁慶もコレには驚き、目を丸くする。
飛びついてきた望美に、九郎の許容量はオーバーし、そのまま昇天。
さらに運の悪いことに望美から逃れようと後退したため背後には壁が迫っており、
倒れた拍子に思いっきり後頭部を強打した。
こうして、またしても弁慶の片付けの被害に遭ってしまった九郎であった。



<続>



九郎はあんまり被害に遭ってませんね。
九郎的には合ってるんですが、周りからしてみれば役得ですよ。
ここで分かるのは、彼が如何に弁慶の私室に悩まされてきたか、です。
きっと六条堀川の邸でも凄いことになっていたのでしょうね。

実はあと一人被害を受けてない人がいますよね。 









其の六


「イライラする!」

すっくと立ち上がると、勢いよく後ろを振り返った。
その瞳は普段の穏やかな目からギラギラしたものへと変わっていた。
思わずその場の全員が身を強張らす。
そのままツカツカと綺麗に片付けた本棚まで望美は歩み寄った。
八葉たちはこれから何が起こるのかと、ハラハラしながらその様子を見舞っていた。
望美はガッと数冊の本を掴み取ると、

「うぉりゃー」

という、勇ましい声と共に本を後方へと投げ始めた。
気迫に満ちた光景に鉢葉たちは一歩退く。

「望美は一体どうしたんだ」

ようやく気絶から抜け出し、頭部のたんこぶをさすりながら九郎は朔に尋ねた。

「分からないけど、何だかとてもむしゃくしゃしているようよ」

「コレが弁慶の言う副作用か?とりあえず、病気とかにならなくてよかったが、これはこれで・・・」

将臣は頭をガシガシと掻きむしった。
一方弁慶はというと、

「重要な資料が!」

と、本が飛び交うたびに叫んでいた。
本棚にあるすべての本を投げ捨て終えた望美は、薬品棚、長持ち、壁にかかっている絵、
と場所を次々に移動して破壊行為を繰り返していた。
そのたびに弁慶は「貴重な薬草が!」「絵が!」「秘蔵の巻物が!」と叫んでいたが、やがてそれすらも聞こえなくなる。
八葉たちは黙って望美が自ら止まるのを待つしかなかった。

「あれ?私は一体何を」

ようやく望美が正気を取り戻した頃、辺りは片付ける前にすっかり戻っていた。
いや、むしろそれより酷い状態へと化していた。

「きゃあぁぁ!折角片付けた部屋がまた散らかってる」

薬が効いていた頃の記憶が全くないらしい望美は、目の前の状況に顔を青くした。

「弁慶さん、ごめんなさい。よく分からないけど、片付けできなかったみたいです」

望美は弁慶に謝った。
しかし、弁慶は青ざめた顔でぐったりとしている。
貴重な資料たちの余りにも無残な姿に、意気消沈しているようだ。
隣で九郎支えてもらわなければ立てないほどに。

「弁慶さん?」

「ああ、こいつのことは気にするな」

九郎はそう言って、支えていた部分をあっさり離した。
支えを失った弁慶は、そのまま床に倒れこむ。
だが、誰一人気にする様子はない。

「そうそう、全部自分が悪いんだからさ。自業自得だよ」

「神子、片付けはもういいだろう。今日はもう遅い、また明日にしなさい」

ヒノエとリズヴァーンが望美に声を掛ける。
望美は倒れている弁慶に後ろ髪を引かれつつ、皆に促されて部屋を後にする。

「譲ー、今日の晩飯は何だ?カレーか?」

「出来るわけないだろ。兄さんが吹き飛ばしたんだから。これから考えるところだよ」

「でも、譲くんが作る料理は何でも美味しいよね。俺さ、食べたいものがあるんだけど・・・」

「兄上は今日はずっと下で休んでいたんでしょう。そんな権利はありません。もちろんリズ先生も」

「そんな〜、酷いよ。朔ぅ〜」

「・・・・」

すっかり日常に戻った彼らは、楽しく夕食を終えて、明日に備えて眠りにつくのであった。



屋根裏に残された一人の存在をすっかり忘れて・・・。



<了>



ここまで読んでいただいてありがとうございます。
いかがだったでしょうか。
楽しんでいただけましたか?
最後のトリはもちろん弁慶さんでした。
というけで、部屋は元に戻ってしまいましたね。
『お掃除大作戦!』はかなり楽しんで書きました。
あの部屋にはまだまだネタが転がっていそうです。