輝夜は月へ




「それでね、かぐや姫はおじいさんとおばあさん。そして恋人の帝を残して月に帰ってしまうのよ」

望美はそう締め括って話しを終えた。
夜もふけた時分、寝る前に話をせがむ白龍にお伽噺を聞かせてあげていたのだ。
しかし、白龍は話の途中で寝てしまったらしい。 
望美の隣で微かな寝息をたてていた。
優しく微笑みながら掛布を直してやり、灯りを消してから望美は部屋を出た。

「オレなら愛した姫君を絶対離さないね」

声に顔を上げると、思ってた通りヒノエが腕組みをして壁に持たれて立っていた。

「聞いていたの?」

望美は笑みを浮かべてヒノエの元へ歩み寄った。
その足が数歩出前で止まる。
ヒノエが厳しい表情をしていたことに気付いたからだ。

「ヒノエくん?」

「オレなら、絶対離さない。月を思うなら、そんな暇がないほど愛してやるし、
使者がくるなら、誰にも知らせず光も届かない洞窟の奥に閉じ込める。それこそ何をしてでも!」

ヒノエの目の鋭さに思わず息を飲んだ。
それでも、諭すようにゆっくりと言葉を紡ぎ出す。

「あれはただのお話だよ」

「オレはっ!」

ヒノエは望美の腕を強く握りしめた。

「オレは、お前が・・・」

言いかけて、気付いた。
望美の手が震えている。おそらくは、恐怖で。

「ごめん、何でもない」

ヒノエは踵を返すと、まだ自分を見ている望美を無視して去っていった。 


  *  *  *


望美から離れたあと、ヒノエは一人月を眺めていた。
春先の庭には早咲きの桜がほころんでいる。
望美がこの世界に来て一年が過ぎようとしていた。
異世界から来た龍神の神子。
彼女はこの世界に多くのことを与えてくれた。
それは一個人に留まらず、国全体をも救う術となった。

『恋人の帝を残して月に帰ってしまうのよ』

自室に戻る際、偶然耳に入った話し声。
しばらく立ち聞きしていたのだか、最後の言葉がヒノエを揺らした。
望美が話していたのは『かぐや姫』。誰しもが知っているお伽噺だ。
だが、どうしても比べてしまう。
月から来たかぐや姫と異世界から来た龍神の神子。
そして不安になる。
かぐや姫と同じように望美も自分のいた世界に戻ってしまうのではないのかと。
いつか帰る時がきて、自分は彼女を引き止めることができるのかと。

「オレはお前が帰ってしまわないか不安なんだ」

先程飲み込んだ言葉を小さく吐き出す。
源平の戦いも終わりに近づいている。
龍神の神子の役目も終わってしまう。
皆口には出さないが薄々感じているのだ。
特に望美に対しては住む場所どころか、住む世界が違う。
おそらく一度離れれば二度と会うことはできないだろう。

「帝、あんたはまだマシだぜ。見上げれば月はそこにあるんだから」

望美との距離は遠すぎる。八葉とはいえ、自分の力ではどうしようもできないほどに。
欲しいものは、手に入れたいものはそこにあるのに、互いの住む世界がそれを許してくれない。

「我ながら、厄介な相手に恋したもんだな」

「厄介で悪かったわね」

声にギクリと振り替えると、望美が腰に手を当てて立っていた。

「様子がおかしいと思って見に来たら。私だって、とんでもない人好きになっちゃったなって思ってるんだから」

愚痴りながらもヒノエの横に座ると、微風に乗って微かに香の香りか鼻腔をくすった。

「ならお互い様だね」

ヒノエは宥めるように頭を撫でて、望美の肩を引き寄せた。
望美も甘えるようにヒノエに体を預ける。 

「何を考えていたの?」

少しの間を置いて望美は尋ねた。

「オレたちのこれからのことだよ」

ヒノエも正直に言う。
隠しても仕方のないことだ。
いずれその時はくる。

「私はかぐや姫じゃないよ」

呟かれた言葉にヒノエは思考を止めた。
心を読んでいたのかと疑ってしまうほど、的を得た内容に、焦りから鼓動が早くなる。

「私はお伽噺のように、離れても想い合って暮らしました、なんて綺麗に終わらせたくないの。
綺麗じゃなくていい、不様でもいいから、ヒノエくんと一緒にいたい」

望美は少しだけヒノエに身を寄せた。

「私もね、不安になるよ。きっと選択する時は近いって、何となくわかってる」

その言葉にヒノエは抱き寄せる腕に力を込めた。

「望美、お前は・・・」

どう選択するかなど怖くてとても聞けない。

「ねぇ、さっき言ってたこと本当?」

「ん?」

「絶対離さないって。すごく愛して、洞窟に閉じ込めても離さないって、本当?」

真剣な眼差しにヒノエは数回目を瞬かせた。

「まさか、お前を閉じ込めるなんて・・・」

「閉じ込めてよ」

強い口調にヒノエはその意味を瞬時に理解出来なかった。
ただ、普段気丈に振る舞う龍神の神子の目にキラリと光ものを見た時、その存在の小ささに驚き、気付けば抱き締めていた。

「離さないで・・・」

望美はヒノエの背中にしがみつく。
ヒノエは答える代わりに震える小さな体を力強く抱き締めた。

「今はまだ離れたくない。ずっと一緒にいたい。
もし・・・、もしどうしても帰らなくちゃいけなくなったり、私が離れようとしたら、何でもいいから引き留めて」

「望美?」

「・・・怖いよ」

「・・・ああ」 

恐らく正直な感情だろう。
未来の見えない二人は時が進みことを恐れている。
側にいるのに不安は少しも拭えなかった。
それでも無理矢理それらを埋めようとして、より強く互いを抱き締めた密着させる。

「今、ここで誓おう。オレはお前を離さない。何をしてでも。今この時の誓いは永遠だ」

月明かりの中口付けを交わす。
望美の世界の婚姻の風習など知らないはずなのに、望美の中で憧れていたシーンが重なった。
純白のドレスもブーケも何もないけれど、本当にこの時が永遠に続くような錯覚を覚える。

「大好きだよ、ヒノエくん」

望美は少し潤んだ瞳で見つめた。
目に溜まった涙がキラキラと光る。
不安は完全にはなくならない。
だが、二人は幸せだった。きっと暫くすれば、また同じような不安に襲われるだろう。
切っ掛けは今回のように些細なことかもしれないが。 
二人は互いを抱き締めた。
ほんの少しでも距離ができないように、ピタリと密着する。

「離れたくないな」

ヒノエの呟きに顔を上げる。

「今夜は離れたくない。望美だってそうだろ?」

そう言って背中を撫でながら首筋に口付けを落とす。

「・・・っ」

触れられた部分から一気に熱が広がり、反射的に体を離そうとするが、ヒノエはそれを許さない。
腰に回した腕に力を入れてさらに身体を引き寄せる。

「白龍も他の奴らだって寝てるさ。望美だってこのまま離れたくないだろ、ね?」

わざと耳元で囁いて、音をたてて口付けを繰り返す。
それだけで力を奪われ、抵抗も抵抗でなくなってしまう。

「ひとつになりたい・・・」
望美は真っ赤に鳴りながらも精一杯の告白をする。
二人が一人の人間なら離れることはないのに。

「なれたらいいのにね。だから、人は繋がるんだよ」

ヒノエは真剣に答えて望美を見つめた。
望美も頷く。
それを了承と受け取って、ヒノエは軽く、次に深く口付け贈った。
月明かりの中、二つの影が重なる。
徐々に熱に侵食されながら、かぐや姫と帝もこんな一夜を送ったのだろうかと思いを馳せた。



<了>



今は昔、竹取の翁という者ありけり・・・。
今回は中・高と平家物語や枕草子と一緒に暗記させられました竹取物語とベースに書いてみました。
懐かしいですね。いつのことやら。
「ヒノエと望の切→甘の話がいいです」というアンケートを参考に書かせていただきました。
甘く・・・なってるかな。