贈り物の意味




「ええぇぇっ!」

あまりの事に望美は思わず大声を上げた。
その隣でヒノエがわずかに眉根を寄せて耳を塞いでいる。

「何で、何でなの。どうしてよりによって、また!」

望美は顔を青くして言った。

「なんだか、前にも見た気がするな。この光景」

対してヒノエはそ知らぬ顔で首をひねっている。

「ま、しょうがないだろ。今日は4月1日なんだからさ」

「そうだけど、そうなんだけど。贈り物とかいろいろ計画が・・・」

「別に贈り物とかはどうでもいいんだけどね。それより」

ヒノエはにっこりと微笑み、むにっと望美の左の頬を摘まんだ。

「オレの誕生日忘れていたね」

「ほめんなひゃいぃ」

4月1日はヒノエの誕生日。
それを望美はすっかり忘れていたのだ。
時空を越えたこの世界ではカレンダーというものがないものの、恋人の生まれた日を忘れるとは。
望美は泣きたくなってきた。
ヒノエは笑んだままぐりぐりと頬を伸ばしたり、引っ張りしたあとようやく手を離した。

「ま、いいや。もちろん今日はオレに付き合ってくれるんだろ」

「うん!」

断る理由もなければ、余地もない。
望美は元気よく頷いた。

「そうだな、まずは町に出掛けて、それから何か美味しいものを食べに行こう。それで・・・」

つらつらと話すヒノエの予定を実行するため、二人は町に繰り出した。 


  *  *  *


数刻後、二人は桜の木の下にいた。
薄闇に浮かぶ桜は昼間とは違う妖しさに満ちている。
二人は身を寄せて、風に揺れてははらりと落ちる薄紅の花びらを眺めていた。

「舞い散る花びらが雪みたいだ」

ヒノエは望美に話し掛けたが返事はない。
他に誰もいないのだから、自分に掛けられた言葉だとわかっているはずなのに。

「まだ怒っているのかい?」

顔を覗き込むと望美は視線をそらした。
しかし、頬は桜に負けず染まっていて、嫌悪からの行動ではないのだとわかる。

「怒ってるわけじゃなくて、ただ・・・」

「納得がいかない?」

ヒノエの言葉に望美は頷いた。
あの後、町に出掛けたヒノエがまず入ったのは反物屋だった。
そこで既製された着物を買い、次は簪、下駄、小物などを見るためたくさんの店を回った。
それも自分のためではなく、全て望美のものだ。
町でヒノエの欲しい物を買ってあげようと思っていた望美は初めの店で高価な着物を買うヒノエに心底驚いた。
しかもその場で望美を着替えさせ、来ていたものは邸に届けるよう指示したのだ。
その後も行く先々で飾りつけられて今に至る。
美味しいものも食べさせてもらったのだが、身に付けているものを汚さないかと気にしすぎて味は分からなかった。

「似合ってると思うんだけど」

「そうじゃなくて、ヒノエくんの誕生日なのに」

「オレの誕生日だからこそ、大好きなお前に着飾って欲しいんだろ。綺麗だよ、望美」

ヒノエは艶やかな髪を撫でた。
指が髪をすく度に身体が熱を帯びていく。 

「月の照らす夜桜の下で、オレのためにお洒落をしたお前と二人きり。サイコーだね」

桜を仰ぎ見ると、それに答えるように枝が揺れた。
望美もつられるように仰ぎ見る。
居住まいを正そうとした時、懐から何かが零れ落ちた。

「ん?」

すかさずヒノエがそれを拾う。

「あ、それはっ」

「耳飾り?」

赤い石をはめ込んだそれは、紛れもなく耳飾り。
望美は顔を真っ赤にしてそれを取り戻そうとするが、ヒノエはそれを軽くかわしていく。

「これは何かな? オレが見立てたものじゃないみたいだけど」

ひやりとした視線が注がれる。
望美が観念して事の次第を話し出した。

「最初に言ったお店で見つけたの。ヒノエくんに似合うかなと思って。
でも、いっぱい買ってくれるから、だんだん渡せなくなっちゃって」

ずっとしまっていたのだと言う。
暫くの間沈黙が二人を包む。
やがて耐え切れなくなったのは望美だった。

「ねぇ、それ返して」

「どうして? オレのために選んでくれたんだろ」

「そうだけど、でも割に合わない。今度もっといい物をあげるから」

ヒノエは右手で顔を抑えた。

「呆れちゃった?」

やはりこんな安物を買うんじゃなかったと望美は後悔した。
赤い石の付いた耳飾りを見つけたとき、ヒノエの顔が浮かんだ。
だからヒノエが別のところで着物を物色している間にこっそり買ってしまったのだ。

「いや。でも、もし呆れたとしたら自分自身にだ」

手を下ろして、視線を望美に向ける。

「オレは間違っていたのかもしれない。
望美に贈り物を贈るのは楽しいし、嬉しいけど、そのせいでお前からの贈り物が貰えないなんて」

「だから、別の物を・・・」

贈り物は値段ではないと分かっていても、どうしても比べてしまう。量ってしまう。
安いものは自分が相手の思っていない証拠なのだと考えてしまう。
ヒノエの想いに見合うほど自分は想いを返しているだろうか。

「オレはこれがいい」

ヒノエは既につけている耳飾りをはずすと新しいものに付け替えた。

「似合うだろ」

ヒノエは得意げに耳飾りを揺らす。 
しかし、望美の気分は晴れない。

「ねぇ、望美」

ヒノエは望美を抱き寄せた。

「オレは何も高いから望美に着せたいとか思って買ったんじゃないよ。
望美に似合うと思ったから贈りたかったんだ。かなり見栄も入ってるし、ね」

ヒノエは照れ臭そうに笑った。

「あー、ホントはこんなこと言うつもりじゃなかったんだけど。本当は望美にいいところを見せたかっただけなんだ。
確かに、役職的にも他のやつ等より金銭面には余裕があるけど、もしオレが貧乏だとしても同じことをしていると思うよ」

告白するヒノエを望美は珍しいものを見るように見つめた。
その表情にヒノエは困ったように笑う。

「でも、望美に似合うならどんなに高くてもあげたいと思うのも本当。
逆に似合うならどんなものでも、とも思う。例えば・・・」

ヒノエは手を伸ばして桜の枝を折った。

「山に咲く桜でも、望美にはとても似合う」

枝を望美の髪に挿すと満足そうに頷いた。

「私も」

望美も同じように手を伸ばし枝を折ると、それをヒノエの髪に挿した。

「私も、ヒノエくんに似合うと思ったからあげたかったの。
高いとか安いとか関係なく、ヒノエくんに似合うと思ったから」

ヒノエは望美の手に自分の手を重ねると、微笑んだ。

「おそろいだね。それ、望美のとても似合ってる。綺麗だよ」

「ヒノエくんも似合ってる。すごく綺麗」

「う〜ん。男に綺麗って言ってもね」

ふふっと望美は笑った。
いつの間にか機嫌は直っていた。
頭上には桜。隣には好きな人。
それだけで十分な気がした。

「ヒノエくん。誕生日おめでとう」

望美は今日初めてお祝いの言葉を口にした。
ついでに軽く口付けも贈る。

「ありがとう」

ヒノエもお礼と同時に口付けを返した。
それから何度か唇を重ねたあと、ヒノエがもう一つ告白する。

「正直な話、オレって望美がいればそれだけでいいんだよね」

「うん?」

「だからさ・・・」

小さくささやかれた言葉に顔を赤く染めた。

「ここで?」

ヒノエは当然と頷く。

「桜だってあんなに咲き乱れているんだ。俺たちだって咲き乱れてもいいだろ?」

乱れるの意味が違う気がするが、妖艶なほどに美しく咲く桜と、白い月光に照らされて、
まるで魔法がかかったように望美は自然と頷き返した。
17歳の誕生日。
少しのすれ違いと、少しの魔法にかかって、二人の距離はずっと近くなった。



<了>



すみませんっ!忘れていたのは私です。
某サイトのメルマガを見て初めてヒノエの誕生日に気付きました。
望美ちゃんは全然悪くないです。

作中でヒノエも言っていますが、冒頭を見てデジャビュを感じた人は錯覚なんかじゃありません。
今回は一年前のヒノエの誕生日ssを引用してます。
セリフとか反応とかまんまです。
しかし、去年は知らなくて、今年は忘れてたってヒノエは報われませんね。
いや、去年はちゃんと知ってましたよ(汗)
ただ時間がなくて大慌てで書いただけです(←おい)
来年こそはちゃんと祝ってあげねば!

永遠の18歳、おめでとう!