幼馴染




鎌倉のとある住宅街、現在時刻7時30分。
日本の土地事情からどの家もところ狭しと窮屈に並んでいるが、街自体は至って平和である。
行き交う人々は子供、大人問わず挨拶を交わし、ごみを出してきた主婦はそのまま立ち話へともつれ込む。
そんな中、一つの玄関の門が開いた。
有川と書かれた表札の門から出てきたのは背の高い二人の男子だ。
一見似てないようで、よく見ると仕草が類似している兄弟だ。

「あー、今日も寒ぃな」

そう言って腕をさすっているのは兄の将臣。

「今日はこの冬一番の寒さだとか天気予報で言ってたよ。今夜くらいには雪が降るかも」

クッと眼鏡を人差し指で上げているのは弟の譲だ。
将臣はそれを聞いて余計に寒くなったのか、「げっ」と唸ってマフラーを巻きなおした。

「うわっ、寒っ」

有川家から一つ挟んだ家から出てきたのは、目にも鮮やかな赤い髪の少年だ。

「おっす、ヒノエ」

ヒノエと呼ばれた少年は有川兄弟を振り返った。
互いに歩み寄り、真ん中の家の前で集合する。
藤原丙。
キンと張り詰めた寒空の下で、そこだけ温度の違うような印象を与える。
しかし、人目を引くのは髪だけではなく、その容貌も美少年といっていいほどであった。
下手なアイドルよりよほどいい。

「今日は雪が降るんだってよ」

将臣は先ほど聞いたばかりの情報を披露する。
まるで自分が始めから知っていたかのよに、だ。
そんな将臣の後ろで譲が軽くため息をつく。

「ああ、そんなこと言ってたっけ。でも、降るのは夜遅く。
明日には天気も回復するらしいし、積もることはないんじゃないか」

情報収集はヒノエの趣味だ。
当然本日の気象情報は細部まで確認済みである。
その時、真ん中の家の扉が開いた。
出てきたのは髪の長い一人の少女。
はっと息を吐いて外の気温を確かめている。
白く氷結した息を見るとわずかに顔をしかめたが、待っている三人に気づくと小走りで寄ってくる。
そんな姿を見て、男三人は無意識に顔を綻ばせた。

「おはよう」

声をかけられ、それぞれ挨拶を交わす。
譲を除く3人は2年生で同じクラス。譲も一年生ではあるが、同じ高校に通っている。
近所でも有名な幼馴染4人組であった。

「いっつも思うんだけど、並んだ家から出てくるのってアレみたいだよな。ドリフ」

将臣はテレビの再放送を思い出して言った。
あれは3件じゃなくて、5件並んでいるのだが。

「兄さん、それは言わない約束だろ」

譲が兄を嗜める。自分も同じことを思っていたらしい。

「お笑い流行ってるから案外いけるかも知れないぜ。ヒノエうしろー、とか」

「俺は志村か!」

突っ込みもバッチリだ。
そんな光景を望美は笑いながら見ていた。
それに気づき、互いに小突きあいながら彼らも笑う。
いつもと同じ仲良しな光景。
寒さの中でも4人でいればどこか暖かな空気が流れていた。
だが、それももう長くは続かないだろうと誰もが気づいていた。
4人の間を寒風が吹きぬける。
それぞれの間にできた小さな溝に気づかないフリをして、目をそらした。 


  *  *  *


「ああっ、負けちゃった」

望美はガックリと肩を落として、手にしていたコントローラーを放り出した。
テレビの画面には無残にも倒れた剣士と『YOU LOSS』の文字。
対する将臣の画面には『YOU WIN』の文字と、歓声に答える中華風美少女舞踏家の姿がある。
学校が終わった後、将臣は新しいゲームを買ったと望美とヒノエを呼び出した。
新しいゲームをさせてやるというよりは、いかに自分が強いかを見せびらかしたい、というのが本音だろう。
挙句、賭けをして望美は見事に負けてしまった。

「それじゃ、買出しよろしくな。望美」

「わかったわよ」

「寒いのに〜」と文句を言いながら望美はしぶしぶコートに手を伸ばす。
袖を通したところで、ふわりと暖かいものが首に巻きついた。

「風邪引いたって文句言われても困るからな」

「・・・ありがとう」

礼を言われて将臣は照れ臭そうにクシャリと髪をなでた。
財布を持って出て行こうとすると、今度は譲に呼び止められる。

「ちょっと待ってください。俺も行きます」

「え、いいよ。負けたの私だし」

「夕飯の買い物もしなきゃいけなかったんです。先輩たちの分も作りますから、リクエストがあったら言ってください」

譲は素早く身支度を整えると、望美を先導して出て行ってしまった。
ヒノエは二人の出て行ったドアをしばらく見つめていたが、将臣に声をかけられ姿勢を戻す。

「ほら、お前もやれよ」

将臣は空いたコントローラを差し出した。
自分はすでにキャラクターを選んでいて、後はお前だけだと訴える。
ヒノエはキャラクターを選びながらポツリとつぶやいた。

「なぁ、いつからなんだ」

何を尋ねたいのかはっきりしない質問に将臣は首をかしげる。

「ゲーム買ったのは1週間前だけど。あ、俺が徹夜してやり込んでるのばれたか?」

「違う。お前らいつから望美が好きなんだよ」

その質問に将臣は「ああ、それね」と何でもないとでも言うように頷いた。

「さぁ、いつから何て分からねぇよ。気がついたら好きだったし。
でも自覚したのは結構最近かな。高校に入ってからくらいだよ。
譲はもっと前から好きだったんじゃねぇ。あいつは俺らより年下の分、早く大人になろうとしてたからな」

将臣の言う『ずっと』がどれくらい前かは想像もつかない。
気がつけば譲は誰より気が利いて、誰より距離を保とうとしていた。
譲が望美のことを『先輩』と呼び、よそよそしい敬語になったのはいつからだっただろう。
それすら分からないほどずっと前だ。
ヒノエは適当に日本の武士らしい男性キャラを選んで、試合が開始した。

「お前はどうなんだよ」

将臣はやり込んだ分だけ余裕があるのか試合中にも話しかけてきた。

「お前は望美のことどう思ってるんだ」

「・・・・」

ヒノエは質問には答えなかった。
試合に集中していた訳ではなく、答えられなかったのだ。
将臣もそれ以上聴いてくることはなかった。
ただ、最後に一言だけ呟いた。

「負けるぜ」

ギクリと体がこわばりヒノエの手が止まった。
その隙に中華風美少女は一気に間合いを詰め、強烈な回し蹴りで武士を吹っ飛ばした。
HPのパラメーターが急速に下がり、試合はあっけなく終わってしまった。

「帰る」

ヒノエは立ち上がると、ジャケットを掴むと羽織らずにドアへと向かう。

「ヒノエ」

将臣が呼び止める。
ヒノエはドアノブに手をかけたまま次の言葉を待った。

「ホントは気づいてるんだろ。いつまでもこのままじゃいられないって。
望美は女で俺たちは男だ。いつまでも仲良し4人組ってわけにはいかないんだよ。
お前がそれでいいならいいけど、気づいたときには別な男に持っていかれちまうぜ。
この際だからはっきり言わせてもらう。俺は望美が好きだ」

ヒノエは将臣を振り返った。
睨むような目つきに、将臣は目を細める。

「怒るなよ。俺が言いたいのは誰も待ってやしないってことだ。少なくとも俺は待てない。
お前が同じフィールドに上がったときにはお姫様は俺が頂いてるよ」

画面では武士に女性キャラが腕を回し頬にキスをしていた。
この短い時間に一戦終えたらしい。やり込んだというのは本当のようだ。
ヒノエは踵を返し、有川家を出て行った。

「俺ってお人好しー」

将臣は苦笑しながらコントローラーを手に取った。
お気に入りの中華風美少女は大きく裂けたスリットから足を露出したまま地面に転がっている。
1P、2Pともに一勝一敗。お互いにフェアな状況に戻った。
『お前らいつから望美が好きなんだよ』
そう言って動揺したヒノエが目に浮かぶ。
いつから?
そんなの分からない。
俺たちはずっと一緒にいたから。
これからもできるならそうしたいと思う。
できるなら・・・。
残念ながら時間は止まってはくれない。
望美はどんどん女性らしくなるし、他の輩の目もある。
タイムリミットはすぐそこまできていた。

「っていうか、気づくの遅すぎだろ」

ヒノエも早く気づけばいいのに・・・。 


  *  *  *


部屋に入るとヒノエは乱暴に扉を閉めた。
そしてそのままベッドに倒れこむ。
急にいなくなった自分に望美は不思議がるだろうか。
自分のいなくなった部屋で3人が仲良く談話しているところを想像すると、胸の辺りがムカムカした。

「ちっ」

舌打ちをすると、枕に顔をうずめる。
イライラが止まらない。
感情を制御できない自分がもどかしい。
将臣の言葉が頭をグルグル回る。
『俺は望美が好きだ』
そうはっきり言い切った将臣。
あの時自分が思った感情は何故か『悔しい』だった。
何がときかれてもヒノエ自身うまく説明がつかない。
ただ、望美を好きだと言ったときの将臣は、どこかスッキリしていて、
好きという言葉に恥ずかしさは微塵もなく、むしろ誇っているようにも見えた。
それがどうしようもなく羨ましく、そんな感情を知らない自分に悔しいと思ったのかもしれない。

(オレだけがのけ者なのか)

ずっとこのままの関係が続けばいいと思っていた。
でも無理だと心の何処かで分かってた。
今が自分の気持ちを整理する時なのかもしれない。

『気づいてるんだろ』

(ああ、気づいているさ)

『俺は望美が好きだ』

(俺も好きだよ)

ヒノエは同じフィールドに上った。
ゲームの画面が思い浮かぶ。
負けて無様に地面に転がるか、勝って姫を手にできるか、先はまだ分からない。
ふと窓の外を見ると、予想より早く雪が降り始めていた。
結論を出すのはまだ早い。
試合は始まったばかりだ。



<了>



長くやってるのに気づけは初のパラレルです。それ以前に遥か3自体がお久しぶりです。
ザ・幼馴染!
いいですね〜。「おさななじみ」夢がありますね。
かっこいい異性の幼馴染は乙女の永遠のロマンです。
今回は「小説強化月間アンケ」の第2作目ですね。
「・パラレル物で、ヒノエと望美が、幼なじみで、ヒノエが望美に片想いしてる設定でお願いします。」
というコメントを元に書いてみました。
コメントを書いてくださった方ありがとうございました。
片思いというよりその前って感じですが、いかがでしたでしょうか。
3人もかっこいい幼馴染がいて望美ちゃんは幸せものですね。
あと、冒頭の部分(1ページ目)はいりませんよね。
ただ、家が並んでたらドリフみたいだなと思ったので、将臣の台詞を入れたかっただけです。