純情恋華




(マズイな・・・)

目の前で繰り広げられる会話にオレは眉根を寄せる。
ここは邸の一室。そこにはオレの他にも弁慶と将臣の姿がある。
何となく暇を持て余していた三人が、何となくこの一室に集まり、
折角だからと今後の方向性や怨霊との戦いの戦法などを話し始めて半時ほど。
いつしかそれは微妙にずれていき、今は女の話で盛り上がっている。
まぁ、男が三人も寄れば自然とそうなるのはしょうがない。
この年代の男が考えることなんて女のことばかりだ。
だが、その話も少しずつずれていき、今は八葉たちの紅一点である望美の話へと移ってた。

「小さい頃、望美と一緒に夏祭りに行ったことあったな」

「お祭ですか。それは楽しそうですね。小さい頃の望美さんも是非拝見したかったです。
きっととても可愛らしい女の子だったのでしょうね」

将臣はオレたちが出会っていない頃の望美の話をし、弁慶もそれに思いをはせている。
他の男が望美の話をしているのは気に入らないが、
自分の知らない望美の話を聞けるのでオレは黙って話を聞いていた。

「でも、ホント驚いたよな。望美がヒノエと付き合うなんてよ」

突然将臣がそう口にした。

「全くです。望美さんが選んだこととはいえ、理解しがたいですね」

弁慶も大きく溜息をつき、首を振った。
そして二人そろってオレを睨みつける。オレはそれを怯むことなく受け止めた。
望美と出会って半年ほど過ぎた。
突然オレの目の前に現れた異世界の少女は、今まで出会ったどの女よりオレを魅了し、心を惑わした。
始めは面白半分で近づいたのだが、やがて想いは本物となり、
秋の始めに言葉にした想いは受け入れられ、それ以来オレ達の交際は続いている。

「俺なんか17年もずっと見守ってきたっていうのに、横から掻っ攫われたんじゃ溜まったもんじゃねぇ」

「心中お察しします。僕だって、まさかヒノエを選ぶとは思ってもみなかったんですから。
それなりに自分に自身があったんですけどね」

望美の話が出てきた時点でオレに話が飛んでくるのは目に見えていた。
そしてその先にある内容も・・・

「で、お前らどのまでいってるわけ?」

ニヤリと将臣が笑う。
案の定話は当然のようにそっちの方向へと運ばれていく。

「それは野暮な質問ですよ。今まで散々女性を泣かせてきたヒノエです。
これで何もしていないって言ったら男としていかがなものでしょう」

ふっと笑う弁慶も、「実際のところはどうなんだ」とその目が訴えていた。
興味津々の二つ顔がオレを覗き込む。
だからマズイと思ったんだ。
正直なところ、あまりその手の話はしたくなかった。
何故なら・・・。

「まさか」

オレが黙り込んでいると、弁慶が言葉を発した。

「まだ何もしていないとか?」

見事に言い当てられて、オレはふいっと視線を外した。
そんなオレを見て二人は信じられないとでも言うように顔を見合した。

「お前大丈夫か?」

「体調が悪いなら薬湯を用意しますよ。何なら媚薬でも」

弁慶の言葉に将臣が「それはマズイだろ」っと突っ込みを入れる。

「別に体調は悪くない。オレは正常だ!」

オレはムキになってそう返した。

「いや、しかしだな。お前らが付き合い始めたのって秋の初めだろ。今はもう終わりの時期だから・・・」

ひぃ、ふぅ、みぃ、と将臣の指が折れる。

「信じられねぇ。約三ヶ月お前何やってたんだ?」

「うるさい!」

別にオレだって、ただ黙って過ごしてきたわけじゃない。
それなりに機会をうかがってもいたし、行動もしようとしていた。
でも、望美を目の前にすると、そんな邪な考えは吹き飛んでしまう。
ただ傍にいて、隣に笑ってくれるだけで幸せで満たされていて、そんな空間が好きだった。
しかし、同情ともむしろ哀れみとも取れる目で見られると、自棄にならないわけにはいかなかった。
オレは立ち上がると、外に向かって歩き出した。
未だに弁慶と将臣の視線を感じながら御簾へと手をかける。

「何処へ行くんです?」

弁慶がそう問いかけてきた。

「決まってるだろ、望美のところさ。口付けでも何でも今すぐしてきてやるよ!」

オレは乱暴に答えて部屋を飛び出した。





ヒノエのいなくなった御簾を将臣と弁慶は唖然として見つめていた。

「驚いたな」

先に口を開いたのは将臣だった。

「ええ。意外と“純”なのかもしれませんね」

その言葉に将臣は噴出した。

「はっ。そりゃあいい。正直あいつと付き合うんだってんで心配もしていたが、これなら安心できそうだな」

将臣は目を細めた。
小さい頃から大事に大事に守ってきた幼馴染の少女。
離れている間に、自分が今まで気付かないフリをしていた想いをようやく認めることができた。
しかし、一度離れて再会した少女は今まで彼が見てきた普通の女の子ではなかった。
異世界へと飛ばされ、龍神の神子と呼ばれ、崇められ、そしてその周りには彼女を守るたくさんの男たち。
そして自分自身も普通とは違う存在になっていた。
彼女と共に歩んできた道はここで大きく歪み、分岐していく。
あの時、時空を繋ぐ川の中で、何故自分はあの手を離してしまったのだろう。
悔やんでも悔やんでも、悔やみきれない。
何度眠れない夜を過ごしてきたことか。
だが、今彼女はようやく自分の安心できる場所を見つけた。
それが自分でないことが残念だが、彼女が幸せならそれでいい。
将臣はそう考えて微笑んだ。

「幸せそうな顔していますね」

弁慶が将臣を見て言った。

「ん?そうか?お前だって同じだろ」

自分では気付いていなかったのか、弁慶もまた幸せそうに微笑んでいた。
いずれ熊野別当という重い責を背負うであろう宿命の元に生まれたヒノエ。
前熊野別当である兄・湛快の下、彼はこれまで本当によくやってきたと思う。
あの若さで別当職を継ぎ、他人には見せない苦労もあっただろう。
だがそれに比例して女遊びも酷かった。
彼にとって女とは欲を吐き出すものでしかない。
いつか目の前に本当に大切にしたい女性が現れた時、彼はちゃんと大事にできるだろうかと、
湛快と共に悩んだときもあった。
だがそれは杞憂だったようだ。
彼はちゃんと望美を愛し、真綿でくるむかのように大切に扱っている。
彼女に対して恋慕の感情がなかったわけではない。
できるなら自分の手で幸せにしたいと考えていた。
しかし、今のヒノエが相手ならその役目は自分でなくても大丈夫そうだ。
そう考えて弁慶は微笑んだ。

「見事にふられましたね」

「ああ。でもあいつが幸せならいいんじゃねぇの」

「同感です。大人しく見守りますか」

「そうだな」

二人はもう一度ヒノエの消えた方向を見て、それからまた話を始めたのだった。





「望美!望美ー!」

部屋を出たオレは邸の中を大声で探していた。
しばらく歩き回っていると、声を聞きつけたのか前方から小走りにやってくる望美の姿が見えた。
その姿に目を細める。

「何?ヒノエくん」

慌ててきたのだろう。かすかに息が上がっている。

「ごめん。走ってきた?」

「うん。だってあんな大声で呼ぶんだもん。恥ずかしいじゃない」

そう言ってぷぅっと頬を膨らます。
その姿が余りにも可愛くて、オレは思わず抱きしめた。
望美は一瞬身を硬くしたが、離れようとはしなかった。
始めのころは、すぐにオレを押し戻そうと身をよじっていたが、
最近では抱きしめるとそのまま大人しく腕の中に納まってくれる。
そんな小さな変化がとても嬉しい。
こうしていると先ほどまで考えていた邪な考えも吹き飛んでしまう。
オレは今までにないほど満たされている。
さっきは何だがバカにされたようで、思わず飛び出てしまったが、
オレ達はこれでいいんじゃないかなと思った。
別に焦ることじゃないし、こういうのは時が来れば自然にそうなる。

「ヒノエくん?」

何も言わないオレを不思議に思ったのか、腕の中から望美が覗き込んできた。
オレは微笑んで「何でもない」と答えた。

「あのね、私もヒノエくんを探そうと思ってたところなの」

「何で?」

「街に出ようと思って。買い物もあるし、この近くに美味しい茶店があるんだって」

望美はそう言ったが、本当の目的は後者だろうと予想をつける。
オレにとっては何が目的だろう望美と一緒に入れればそれでいいので、快く了解した。





数刻後、オレと望美は広い丘でのんびりと景色を眺めていた。
買い物を済まし、茶店で美味しいお茶菓子とお茶を飲んで、望美の言っていた用事はすべてすんだ。
後は帰るだけなのだが、せっかく二人でいるのにこのまま帰るのがもったいなくて、
どちらともなく歩みを遅くし、結局はここでこうして時間をつぶしている。
別段話すことなくただそこにいる。
この沈黙に息苦しさはない。そこには安心感だけがあった。
体制を変えようと思ったときに、わずかに互いの指が触れた。
触れただけなのに、神経の全てがそこに凝縮したように熱くなる。
オレはそっと望美の手に自分の手を重ねた。
はっとしたように、望美がオレを見る。
頬をわずかに赤く染めて、オレを見つめる望美からオレは目を逸らすことができなかった。
何となく、今かなっと思った。
弁慶たちに言われたからじゃないけど、一歩先に進もうと思うなら今な気がした。
オレは望美に顔を寄せる。
望美もその先を予想したのか、近づいてくるオレの顔から目を離さなかった。
そして、もう少しで触れるという時、オレの唇に触れたのは望美の唇ではなかった。
見ると望美はオレの唇と両手で押さえて、顔を伏せている。

「ごめん、ごめんね」

望美は謝った。
顔は見えないが、髪から覗く耳が赤いことから顔も赤いんだろう。
でも、そんな望美の表情より拒絶されたことが何より衝撃的で、悲しみと不安がオレの中に芽生え始める。

「嫌、だった?」

オレは望美の手をどけて、それだけ聞いた。
声が震えている。背中に冷や汗が流れる。
望美はうつむいたままブンブンと首を振った。

「違うの」

そう言って顔を上げた望美は、予想通り真っ赤だった。

「じゃ、何?」

オレが尋ねると、望美は困ったように思案してからようやく口を開いた。

「私、初めてなの・・・」

小さく聞こえた声にオレは目を瞬いた。

「急にだったから驚いちゃって」

申し訳なさそうに目を伏せる望美を見て、オレは大きく安堵の溜息をついた。
それと同時に、不安な感情を全て吐き出す。

「オレはてっきり嫌われたかと」

「そんな分けない!」

望美は強く否定した。
その言葉が余りにも力強くて、オレは笑った。

「そうか、望美は初めてか・・・」

オレは思案した。
オレの初めての口付けはいつだっただろうか。
もう思い出せないほど遠い昔だったように思う。
あの頃は、こんなにも愛せる女に出会えるなんて思っても見なかった。
その望美が初めてだというのなら、大切に扱いたい。
そして、思い出の残るものにしてあげたい。

「して・・・みよっか?」

ふと出た言葉だった。
その意味をすぐに図ることができず、望美はきょとんとした後、さらに顔を赤める。
そして、しばらく経った後、ほんのわずかだが頷き返してくれた。
オレは頬に手をやり、望美の顔を上向かせる。
じっとオレを見つめる望美に少し苦笑して、「目を閉じて」と促すと、望美は素直に従った。

「大丈夫、怖くない」

オレは安心させるように囁いた。
目の前にオレの口付けを待つ望美の姿がある。

トクン

と心臓がはねた。
まるで初めて口付けを交わす時のような感覚に、オレは驚く。
もう何度もしたことのある行為だろうに、望美を前にするとその全ては無に返され、全てが初めてとなる。

(そうだ。これが初めての口付けなんだ)

確かに思いの通じた男女が交わす口付け。
そんな口付けは初めてだった。
そう考えると緊張し、体が硬くなるのが分かった。
少しずつ望美との距離を詰めて、ゆっくりとオレも目を閉じた。
そして互いの唇がそっと重なる。
触れるだけの口付け。
触れるまでにあれだけ時間を掛けたのに、オレはすぐに唇を離した。
そして感触を確かめるように自分の唇に手を重ねる。
確かに触れ合った。
その感触が熱くオレの体を駆け巡る。
見ると望美も同じように唇に手を添えていた。
互いに同じ行動をしていたことを知ると、二人で照れ臭そうに笑った。

「ありがとう」

望美がそう口にした。
何故礼を言うのか分からなくて、オレはただ見つめ返した。

「素敵な思い出になった。初めてのキスがヒノエくんでよかった」

ふわりと微笑んだ望美。
徐々に顔が熱くなっているのが分かる。
望美の顔が直視できなくなって、オレは一瞬視線を逸らした後、思い切り望美に抱きついた。
望美は小さな悲鳴を上げた後、急に掛かってきた体重を支えることができず、そのまま地面に倒れこんだ。

「ヒノエくん!?」

オレは体を起こして驚く望美を見下ろす。
体制はいつの間にか望美を組み敷く形へとなっていた。
状況が飲み込めず、オレの次の行動を待つ望美の頬を撫で、地面に散らばった長い髪を梳く。
そして、その一房を指に絡め、口付けた。
妖しく、誘うように望美を見つめる。
そこから何かを汲み取ったのだろう。
望美の体に緊張が走ったのを感じ取った。
一度外れた枷は急速にオレを次の行動へと誘っていく。
オレはもう一度望美に口付けようと顔を寄せた。
今度は望美自ら瞼を閉じる。
始めは軽く啄ばむように、そして徐々に深くなる口付け。
ここが外だということも忘れ、オレはスカートと呼ばれる着物の中に手をかけようとした。

パチン

突然頬に鈍い痛みが走る。
驚いて目を瞬くと、両頬には望美の平手があった。
どうやら、叩かれたらしい。
望美の頬が今まで以上に真っ赤に染まっている。
ここにきてオレはようやく望美何をしようとしていたかを自覚した。
それでも、

「ダメ?」

答えはわかっていたが一応聞いてみる。
そして案の定、ちょっと怒ったかのように笑って望美ははっきり「駄目」と答えた。
オレはチッと軽くした打ちした。
少しは調子に乗りすぎたかと反省もしたが、何だかお預けを食らったようで面白くない。
きっとオレは拗ねた顔をしていたのだろう。
オレを見て望美が笑った。

「笑うなよ」

オレがそう言うと、さらに望美は微笑みを深くした。
楽しそうなその表情が嬉しくて、結局オレも微笑んで望美の隣に寝転がった。
目を見開けばそこは青く広がる雲ひとつない空。
海とはまた違う青さに目を細める。
さらに一線を越えることはできなかったが、オレ達は大きく一歩近づいた気がする。
隣には愛しい者の温もりがある。
辺りには満ち足りた空気が流れていた。




<了>



今回は、両想い→初めてのキス→・・・ときてさらに望美との関係を進めたいヒノエ
というリクエストにを頂いたので、それに沿ってお話を考えてみました。
久しぶりのキリリクだったので、気合を入れて書いてみたのですが、いかがだったでしょうか。
思いのほか長くなりましたが・・・っていうか、甘っ!
あんまり自分から甘いとか甘くないとか言わないんですが、今回はあえて言わせて貰います!甘い!

「して・・・みよっか?」

ってなんだ―――!?自分の頭の何処からこんな台詞が出てきたのか分かりません。orz

あと、今回何故出てきた他の八葉が将臣と弁慶が出てきたのかというと、
私の中で特に異性の話に敏感そうなのがこの二人だったからです。
違和感なく話せそうです。三人寄れば文殊のエロ!

それでは、15000hitを踏んでくださったかayumi様に
葉月からの心からの感謝と愛を込めて・・・。