こいつにだけは負けられない




「おい、あんた。どういうつもりだよ」

「何の話です?」

八葉たちの休む一室で、今日も今日とて弁慶とヒノエの言い争いが始まっていた。

「さっきの傷の手当の話さ。あんた、ここぞとばかりに望美に触りすぎなんじゃねぇの?」

今日の戦いの中で、望美は怪我を負ってしまった。
それを手当したのが弁慶である。
ヒノエはその時のことを言っているのだ。

「心外ですね。僕はただ手当をしただけですよ。それが何か?」

平然と言う弁慶。だが、ヒノエは怯まない。

「へぇ。望美が怪我したのは確か腕、だったよな。
手当っていうのは、頬が染まるほど顔と顔を近づけてするものなのかい?」

「うっ・・・。そういう君だって、術を使う時、無意味に近づきすぎなんですよ」

「くっ・・・」

仕返しとばかりに弁慶はヒノエに畳み掛けた。
しかし、それに負けるヒノエではない。

「だいたい、あんたはいつもいつも・・・」

「何を言うんですか。君だって・・・」

どんどん話がエスカレートしていくのはいつものこと。
同じ部屋でくつろいでいる他の八葉にとってはいい迷惑だった。

「まーた始まっちゃったよ〜。弁慶とヒノエくんの口喧嘩」

「まったく、仮にも血の繋がった者だろうに。俺と兄上のように仲良くできないのか」

景時と九郎はうんざりだというように溜息をついた。

「いいじゃねぇか。こっちも退屈はしないしな」

「兄さん、他人事だと思って」

有川兄弟も同時に溜息をつく。

「あれはあれで仲がいいのだろう。放っときなさい」

「そうですね」

リズヴァーンと敦盛も溜息を吐いた。
そんな6人の八葉を目ざとく見つけて、弁慶は言った。

「何溜息ついてるんですか。それより君たちはどうするんです?」

「何がだ?」

九郎が怪訝そうな顔をして答える。
あまり関わらない方がいいと考えて、ろくに話を聞いていなかったのだ。
それは他の八葉も同じで、訳がわからず弁慶とヒノエを見つめていた。
それにイラつきヒノエが答える。

「オレと弁慶どっちにつくかって話だよ」

「ヒノエ、それでは全く伝わっていませんよ。これだから君って人は・・・。
今、僕とヒノエが勝負するとしたら君たちはどちらに付くかという話しをしていたんです」

弁慶の話を聞いて六人は顔を見合わせた。
弁慶とヒノエが勝負?
どちらが勝つかと考えれば、それは・・・。
将臣、九郎、譲、景時、リズヴァーンの五人は無言のままに弁慶の方へスススッと寄っていった。

「ふふ。まずは五人。勝負は僕の勝ちですね、ヒノエ」

ヒノエはギリギリと歯軋りして弁慶を睨みつけた。

「へっ、野郎に好かれたって嬉しくもなんともないね。ここはやっぱり姫君たちに聞かなくちゃ。
ま、オレを選ぶに決まってるけど」

「おや。負け惜しみですか?結果は同じだと思いますけど。そういえば、敦盛くん。君はどうするんです?」

「私もですか?」

一人出遅れてしまった敦盛は、ギクリと体を強張らせ、弁慶とヒノエを見比べた。
源氏の軍師兼薬師として源義経のもとでその腕を振るう弁慶。
しかし、その温厚な表情の裏には、目的を達するためには犠牲をもいとわない残虐な面がある。
一方、熊野水軍頭領のヒノエ。人望は厚いが、女癖が悪いところがある。
おまけに敦盛は子供のころ彼に鯨狩りや水車など、多大な迷惑を掛けられた記憶があった。

「私は・・・」

助けを求めようと他の八葉をちらりと見たが、その目は「早く選べ」と物語っていた。
これはもうどちらかを選ぶしかあるまい。
敦盛は決心して、答えた。

「私は、べっ」

そのとき、敦盛の方にポンと手が置かれた。

「あ〜つ〜も〜り〜」

「ひっ」

振り向かなくてもわかる。これが誰の物なのか。

「ヒノエ・・・」

敦盛は振り向かなかった。肩にあるこの手の持ち主が今どんな顔をしているかがわかっているから。

「『べ』何だって?」

ヒノエの声はいつもの通りだったが、手がギリギリときつく肩を掴んでいる。
このとき、もう逃げられないことを敦盛は悟った。

「私は・・・弁慶殿ではなく、ヒノエ・・・を・・・選・・ぶ・・・」

敦盛はガックリと方を落とし、力なく答えた。
そんな敦盛を引き寄せて、ヒノエはがっしりと肩を組んだ。

「やっぱ敦盛だな。そう言ってくれると思ってたぜ。というわけで、弁慶。6対2だ。
勝負はまだまだこれからだぜ!なっ、敦盛!」

「・・・・」

敦盛は答えなかった。
しかし、それをヒノエはガクガクと揺らし、無理やり頷かせた。

「そうですか。敦盛くんはヒノエを選びましたが。残念です」

そう言って微笑む弁慶の後ろに黒い闇を見て、敦盛は震え上がり、選択の誤りを後悔した。
そんな敦盛を見ていて、弁慶側についた八葉たちは同上のまなざしを敦盛に送ったのだった。





こうして始まった弁慶VSヒノエの闘争。
宿の一室で弁慶と弁慶についた五人の八葉は集まって話をしていた。

「これからどうするつもりなんだ?」

九郎が静かに書物に目を通している弁慶に尋ねた。

「どうするとは?」

弁慶は書物から目を離さずに言葉だけを返した。
それに苛立ちを感じたのか、九郎はわずかに声を荒げた。

「ヒノエとのことだ!いつまでもこのままというわけにもいかんだろう」

「ああ、そのことですか。いいんじゃないですか、放っとけば」

「放っとけばって・・・」

九郎は助けを求めるようにリズヴァーンを見た。
しかし、リズヴァーンは何も答える様子がない。
そういえば、先ほど『放っとけ』と言っていたのはリズヴァーンだった。
見かねて将臣が口を出す。

「でも、実際問題、八葉が仲間割れってカッコつかないだろ」

「格好の問題じゃないだろ、兄さん。こういうのはチームワークの問題だよ」

兄の無神経な発言を弟の譲がいさめる。

「何で弁慶はヒノエくんにそんなに突っかかるんだい?普段ならあんなの軽く交わしているじゃないか」

景時の言葉に、弁慶は顔を上げた。

「負けたくないんですよ、彼にだけには」

弁慶は言った。
その顔は真剣そのもので、誰もが本気なのだと感じ取った。

「彼の父である湛快は僕の兄。同じ八葉、同じ朱雀。彼と僕の間にある関係は深すぎる。
そして彼は現・熊野別当。長い間父や兄の仕事を見てきた僕としては、
若くして継いだ彼に、生半可な気持ちでその職に就いて欲しくない。
彼の一番近い存在として、僕は彼にとって超えなければならない一つの存在でなければならないんです。
だから、僕は彼の挑戦に挑み続けます。彼をより強くするために」

弁慶の言葉に五人は頷いた。
弁慶は弁慶なりにヒノエのことを考えていたのだと、初めて知ったのだ。

(もちろん、望美さんに対してのこともありますけどね)

恋敵としても弁慶はヒノエに負けたくなかった。
しかし、そのことは今は伏せておく。
望美に関してはヒノエだけでなく、恐らくこの場全員が関係していることだからだ。

「そうだったのか。余計なことを言って悪かった」

九郎は謝った。

「別に構いません。このままの状況じゃまずいということも確かですし」

弁慶は優しく微笑んだ。
その表情に九郎は安心したように息をついた。

「ところで、弁慶。先ほどから気になっていたのだが、後ろに付いているのは何だ?」

今の今までだんまりを決め込んでいたリズヴァーンが弁慶の後ろを指差した。

「後ろ、ですか?」

言われて弁慶は振り返ったが背後には何もない。
そこで背中を手で探ってみる。

カサリ

指に何かが触れた。
それを掴んで前に持ってくると、それは一枚の紙だった。
「何だ何だ」と他の5人も寄ってくる。
紙には短く一言『馬鹿』と書いてあった。
ついでにヘタクソな絵付きである。

「これは・・・」

譲がメガネを掛けなおしてチラリと弁慶を見ると、その顔は怒りに揺れていた。
先ほど九郎を許したときの顔とは大違いである。

「あっははは。随分子供じみた悪戯だな。弁慶、お前もこんなのに引っかかるなんて・・・」

将臣も弁慶を振り返ったが、その表情を見て慌てて言葉を飲み込んだ。
他の八葉も怒りで震える手に気付いて、慌てて弁慶と距離を取った。

「ふ・・・ふふっ」

弁慶が怪しげな笑みを浮かべる。

「お、おお、落ち着け弁慶」

「そうだ、早まるなよ」

「どうどう」と馬をなだめるように九郎と将臣が弁慶を抑える。
しかし、それで収まる弁慶ではなかった。

「ふふっ、ヒノエ。僕を本気で怒らせましたね」

その表情に最後まで押さえていた九郎と将臣も思わず手を離した。
もう誰止める者のいなくなった弁慶は、怪しい笑みを浮かべたまま部屋を後にしたのであった。





一方その頃、別の一室ではヒノエと敦盛が話していた。

「本当によかったのだろうか。あのようなことをして」

敦盛の顔には後悔の色が現れている。

「弁慶への悪戯か?あんなのどうってことないって。気付かない方が悪いんだよ」

ヒノエが手を振って答えた。
しかし、敦盛はどうにも不安が治まらない。

(弁慶殿の性格から考えて、あのような単純な悪戯こそ引っかかったときに激怒しそうなのだ)

まさに今それが起こっていることを敦盛は知らない。

「さて、次は何をしようかな」

「まだ、やるのか!」

敦盛は嫌そうに声をあげた。

「ヒノエ。前々から気になっていたのだが、どうして弁慶殿にそう突っかかるのだ」

「何だよ急に」

「別に、ただ聞いてみたいと思っただけだ。私も参戦しているのだから、それくらい聞いてもいいだろう」

敦盛の言葉にヒノエは少し考えて答えた。

「オレが超えなきゃならない男がいるってことは知ってるよな」

「湛快殿のことか」

「そう、それ。でもアイツと行動を共にするようになって、
もう一人超えなきゃならない男がいるってことに気付いたんだ」

「それが弁慶殿か」

「認めたくなけどな」

ヒノエは腕を枕にして柱に寄りかかった。

「血のつながりだってあるし、八葉だ。さらに同じ朱雀で、アイツと比べることが多くなった。
それで思ったんだけど、アイツ、オレのこと熊野別当として認めてないと思うんだ。
当たり前だよな。アイツはオレより長い間、前・熊野別当である親父の姿を見てきたんだ。
だから、オレはアイツが認めざるを得ないような男になりたいんだよ。だから、アイツには負けたくない」

(望美のこともあるけどさ)

最後の部分は口には出さずに、心の中だけで呟いた。
これに関しては、弁慶だけとの問題じゃない。
ヒノエの話を聞いて、敦盛はヒノエの本当の思いを知った。
それでいつも喧嘩ばかりするのか。
弁慶に認められたくて、ワザと勝負を挑むのだ。
そして恐らく弁慶はそれを分かっている。
だからヒノエの小さな喧嘩も買っているのだ。

(しかし、あのような子供じみた悪戯は逆効果だと思う)

敦盛はそう思ったが口には出さなかった。
その時、部屋に朔が入ってきた。

「ヒノエ殿、敦盛殿、お茶を持ってきたのだけれど」

手には二つの湯飲みが乗っている。

「いいね。ちょうど喉が乾いてところだ。ありがと、朔ちゃん」

「ああ、いただこう」

ヒノエと敦盛はそれぞれお茶を手に取り、口をつけた。
その途端、口いっぱいに苦い味が広がり二人は勢いよくお茶を吐き出した。

「何だ、この苦さは!」

「朔殿、このお茶はいったいどうしたのだ」

ゲホゲホと咳き込みながら、二人は口を拭った。

「弁慶殿に頂いたのよ。いいお茶が入ったから二人にもって。どうかした?」

弁慶とヒノエの諍いを知らない朔は、全く状況がつかめず困惑していた。

「あんのヤロー」

ヒノエは怒りを露にすると、部屋を飛び出していった。

「どうしたのかしら?」

「朔殿は気にすることはない」

敦盛はそういい残すとヒノエの後を追って部屋を後にした。
残された朔は仕方なく後片付けを始めたのだった。

(ヒノエは何処へ行ったのだ)

敦盛は宿の廊下で立ち止まり、キョロキョロと当たりを見回した。
ヒノエとつるむとろくなことがない。
小さい頃から分かっていたが、何故自分までとばっちりを食わなければならないのだ。
しかし、そう思いながらも彼のことが放っておけないのだからしょうがない。
庭の方へ出てみようかと、足を踏み出そうとしたとき、ふと名前を呼ばれた。

「将臣殿?」

壁の影に隠れて将臣が手招いていた。
敦盛が近づいていくと、そこには譲の姿もあった。

「どうしたのだ」

敦盛が普通に声を出すと、将臣はシーッと口に人差し指を立てた。

「静かにしろよ。お前、そろそろこの争いにうんざりしてねぇか?」

「・・・まぁ」

敦盛は正直に答えた。

「よしっ。俺たちは同士だ。これからあの二人を仲直りさせようぜ」

「はぁ?」

こうして敦盛は有川兄弟の手によって、ズルズルと引きずられていったのだった。





その頃庭では弁慶とヒノエが言い争いを始めていた。

「今回こそは我慢ならねぇ、薬とか使ってちまちま嫌がらせするのやめろよな!」

「嫌がらせ?先にやってきたのは君でしょう」

「あんなのに引っかかる方が悪いんだよ。しかも、朔ちゃんまで使って、卑怯じゃねぇか」

「手段の一つです。騙させる君だって悪い」

睨み合う朱雀。
今彼らを止められるものは誰もいない。
ただ一人を除いて・・・。

「弁慶さん、ヒノエくん」

険悪な雰囲気を割って入ってきたのは望美だった。

「おや、望美さんどうかしましたか?」

弁慶はすぐに感情を隠し、いつもの笑みで望美を迎えた。

「すいません。買い物に付き合ってもらおうと思ってきたんですけど、お邪魔でしたか?」

「姫君と買い物?それは光栄だね。何処へなりともお供するよ」

ヒノエはスッと望美の手を取った。

「というわけで、あんたは来なくていいぜ」

「いいえ、僕が行きますから。君こそ大人しく留守番しておきなさい」

いつの間にか弁慶も望美の手を取っている。
再び睨み合う二人。
しかし、ここへ鶴の一声が舞い降りる。

「私は二人と出かけたいんです。ダメ、ですか?」

上目遣いに見つめられ、二人ともこれ以上何も言えなかった。





「兄さん、二人を先輩に連れ出してもらってどうするつもりなんだ?」

三人が出かけた後、将臣、譲、敦盛はその後をつけていた。
どうやら望美に二人と出かけるように吹き込んだのは将臣らしい。

「要はあいつらに協調性ってヤツを教えればいいんだ。この後あいつらを怨霊に襲わせる」

「なっ!危険じゃないか。先輩を危ない目に合わせるわけには・・・」

将臣の大胆な作戦に譲は怒鳴った。

「話は最後まで聞けって。あいつらなら大丈夫さ。こうして俺たちも来ているわけだし。
ピンチに陥ったとき、お互いしか頼れる存在がいない。ここで生まれる信頼。
二人で怨霊を倒して、無事仲直りって訳だ」

自信満々に言う将臣に、敦盛が言った。

「しかし、そう簡単に怨霊が現れてくれるだろうか」

「だーかーら、お前を連れてきたんだろ。
お前の笛で怨霊をおびき寄せてだな、それをあいつらのところまで誘導していく。頼んだぜ、敦盛っ」

ポンと背中を叩かれて、敦盛は絶句した。

「私が!?何故?」

「いつまでもあいつらに振り回されるのも困るだろ。大丈夫だって。
現れた怨霊はリズ先生たちが弱らせてくれる手はずだし。な?」

促されて敦盛はしぶしぶ笛を取り出した。
曲を奏でようとしたその時、先を行く望美たちを観察していた譲が声をかけた。

「兄さん、先輩たちの様子がおかしい」

「んー?」

将臣と敦盛も草陰から除いてみる。
三人は何者かに周りを囲まれているようだった。

「あれは、怨霊?」

譲の答えに将臣は敦盛に確認した。

「お前、もう笛吹いたのか?」

「いや、私はまだ・・・」

「じゃぁ、九郎たちが先に見つけて連れてったのかな」

「助けなくていいのか?」

「いいんじゃねぇの?向こうから来てくれたんなら手間が省けたじゃねぇか。ここでじっくり見物してようぜ」

確かに作戦の流れは変わっていないし、危険になれば自分たちが出て行けばいい。
そう思って譲も敦盛も大人しく将臣に従って草陰に身を隠した。





一方、怨霊に襲われている望美たちは思わぬ怨霊の出現に苦戦を強いられていた。

「ったく、こんな時に怨霊のお出ましとはついてないね」

「泣き言ですか?何なら君は休んでいて結構です。僕が全て片付けますから」

「誰もそんなこと言ってないだろ。姫君だって見ているのに、敵に背なんか向けられないね」

こんな状況ですら言い争いを止めない二人を見て、望美は溜息を付いた。

(将臣くんに話は聞いていたけど、まさかここまでとはね)

二人を連れ出すよう将臣に言われた時、だいたいの話は聞いていたのだ。
これからの作戦も聞いている。

(この怨霊は将臣くんたちが連れてきたんだよね。
こんなことに怨霊を利用するのは良くないけど、同じ八葉として二人には仲良くして欲しいし。
ある程度弱らしてから連れてきてやるって言ってたけど、大丈夫かな?
連れてきたにしては数も多いし、ピンピンしている気がするんだけど)

偶然現れた怨霊であることを知らない望美は、作戦通りと信じ剣を向けていた。
怨霊は五体。それに対してこちらは三人。
確かにこちらが絶対に勝てる状況を作りには不自然な感じがした。

(えーと、ここでワザと気絶するんだっけ?
それで、二人だけで戦わせて、チームワークを学ばせるとか何とか)

そんなことを考えていると、死角から怨霊が襲ってきた。
怨霊の数に注意散漫になっていたらしい。
気付いた時には既に遅く、怨霊の手によって望美は投げ飛ばされた。

「望美!」

「望美さん!」

ヒノエと弁慶は倒れた望美に駆け寄った。
声を掛けても望美は答えなかった。

「チッ。やってくれるじゃねぇか」

「か弱い女性に危害を与えるなんて、見過ごせませんね」

望美をそっと地面に寝かせた。

「待ってな、望美。すぐに終わらせてやるからな」

「ええ、何も心配することはありませんよ」

ヒノエは上着を脱ぎ、それを望美の頭に敷いてやった。
弁慶は外套と体にかけてやる。
そして愛おしそうに望美の頭を撫でると、二人はゆらりと立ち上がった。

「この借りはキッチリ返させてもらうぜ」

ヒノエが武器を構える。

「珍しく気が合いますね。僕も同感です。行きますよ、ヒノエ」

弁慶も薙刀を構え、二人は同時に駆け出した。
雄叫びを上げて向かってくる怨霊に二人は猛然と立ち向かう。
右、左から襲ってくる怨霊を次々に切り付けていく。
弁慶が一体の怨霊を倒した。
チラリとヒノエを見ると、ちょうどヒノエも一体の怨霊を倒したところだった。
ふと、彼も大人になったものだなと、弁慶は感じていた。
まだ幼い頃、自分の後を付いて離れなかったことを思い出す。
あの小さな子供が今は自分と同じ場所で共に剣を振るうまでに成長した。
もう、彼は子供ではないのだと戦う背中が物語っていた。

「弁慶!危ない!」

感傷に浸っていた弁慶に暗い影が落ちる。
背後には怨霊が刃こぼれした剣を振りかざしていた。

(しまった!)

完全に出遅れた弁慶は、それでも武器を構えた。
ヒノエに無様な姿は見せられない。
それは自分を目標としてきたヒノエにとって見せる姿ではないから。
しかし、次に彼が見たのは、弁慶を庇い怨霊の刀を受けるヒノエの姿だった。

「ヒノエ・・・」

弁慶の呼びかけに、ヒノエは剣を受けながら振り返った。

「なーに呆けた顔してんだよ、弁慶。あんたにはまだ死なれちゃ困るんだ。
あんたを倒すのはオレなんだからな。まだ、オレの先にいてくれなきゃダメなんだよ」

その表情には仲間を助けたことへの誇らしさが表れていた。

(いつからこんな顔ができるようになったんでしょうね)

弁慶は今までの彼への考えを改めた。

(彼はいい別当になる)

もしかしたら兄よりも・・・。

(でも)

「僕を超えるなんて、まだまだですよ。ヒノエ」

弁慶は身動きのできないヒノエに迫った怨霊を薙刀で貫いた。
そして、冷ややかにヒノエを振り返る。

「やってくれるね」

ヒノエも力で怨霊の刀を押し返し、そのまま切りつけた。

「さて、これで残るはあと一体ですか」

「まさか、俺たち相手に勝てるとは思ってないよな」

ヒノエと弁慶はゆっくりと怨霊に詰め寄った。
隣にいる仲間の頼もしさを感じながら。
絶対に負けたくない相手。
でも、それ以上に頼れる存在。
ライバルであり、仲間であり、目標であり、敵でもある。
日々変わっていく二人の関係は、他の誰でもない二人だけが持っている絆。

「今、ここにいるのがあんたでよかったぜ」

「ふふっ、また気が合いましたね。僕もです」

二人は最後の怨霊に同時に切りつけた。





「おーい、将臣!譲―!」

遠くから声が聞こえる。
しばらくして顔を出したのは、怨霊を待ち伏せて弱らせたはずの九郎、景時、リズヴァーンの三人だった。

「おう、九郎。そっちはどうだった?こっちはバッチリOKだぜ」

やってきた三人に将臣は元気に声を掛けた。
ちょうど今ヒノエと弁慶が最後の怨霊を片付けたところだ。
望美の気絶の演技もいいし、作戦は成功だ。

「何を言っているんだ。怨霊など全く現れなかったぞ」

「そんな。確かに先輩たちは怨霊と戦って」

譲は望美たちの方を見やった。
もう宿へと帰ったのか、先ほどまで戦っていた場所には誰もいない。

「俺たちも随分と待ったんだけどね〜。全然現れないからさぁ、こっちにきたんだけど」

「うむ」

景時の言葉にリズヴァーンが頷く。

「なんだよ、あいつら素で絡まれてたのか?難儀な奴らだな」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろ」

「神子は無事なのだろうか」

心配する譲と敦盛を他所に、将臣は自信満々に答えた。

「大丈夫だって、心配するなよ。作戦は成功。
俺たちもこれ以上あいつらの言い争いに巻き込まれることはないってな」

大笑いする将臣。
ほっとする他の八葉は彼の後ろに何かを見て、ギクリと体を強張らせた。

「ん?どうしたんだよ。みんな黙り込んで」

一人何も知らない将臣は、青ざめている仲間を見回した。
そして、皆が見つめる自分の背後をゆっくりと振り返る。
そこで駆れば目にしたものは、世にも恐ろしいものであった。

「事の原因は君ですか。将臣くん」

「べ、弁慶?」

「やってくれるね。ただじゃ済まさないよ」

「ヒノエ?お前らどうしてここに」

いつの間にか背後に現れた朱雀の二人に、他の八葉同様将臣も顔を青くした。

「こんな大人数で集まって。これじゃ、見つけてくださいと言っているようなものですよ」

「姫君まで巻き込んで、どうするつもりだい」

見るとヒノエの腕には望美が抱えられている。
演技かと思ったが、どうやら本当に気絶していたらしい。

「望美、大丈夫か?」

望美の顔を覗き込もうとする将臣から、ヒノエはひょいっと望美を遠ざけた。

「あんたに心配する権利はないよ」

「僕たちを怒らせるとどうなるか、身をもって体験するんですね」

じりっとヒノエと弁慶は将臣ににじり寄る。

「え?あ、ちょっと待て。話し合おう、な?」

「それは聞けないお願いですね」

「姫君を気絶させた罪は重いよ」

「くっ。譲、助けてくれ!弟だろ」

聞く耳を持たないと判断した将臣は譲に駆け寄った。

「うわっ、こっち来るなよ。兄さん!」

不運にも譲の近くにいた八葉たちは、将臣と一緒に弁慶とヒノエに追われることになったのだった。
この後も朱雀の二人の争いは続いていく。
いつか弁慶がヒノエを認めて、彼が一人前となるその日まで・・・。




<了>



朱雀阿弥陀の投稿作品、ようやく完成しましたぁ。
遅延しましたけど、何とか出来上がってよかったです。
ちなみにお題は「こいつだけは負けられない」です。
もうこの二人しかないっていうくらいのお題でした。
最近忙しさやらスランプやらで、一ヶ月以上文章を書いてなかったので、
(ストックがあったので、UPはできたのですが・・・)流れに乗るまでが大変でした。
話自体は考えていたものの、どうにも手が進まない。
「あー、疲れてるなー」と思った一ヶ月でした。

今回の作品では、朱雀の二人に商店を当ててるので、望美との恋愛の絡みはそんなにありません。
二人とも望美のことを好いてはいるのですが、恋敵としてではなく、それ以前にライバルとして負けられない。
そんな感じです。