愛を囁こう




好きな人には、自分が想っているのと同じくらい気持ちを返してほしい。
そう思うのは人の道理というもの。
でも、オレのお前を想う気持ちは、「好き」だとか「愛してる」とか、
そんな台詞じゃ全然足りなくて。
白龍じゃないけど、人の言葉は難しいと思う。
それでも言葉にして伝えるにはそれしかないから、オレは毎日のようにお前に囁くんだ。

「愛してる」

そうすると、お前はポッと頬を赤く染めて、恥ずかしそうに俯いて、

「私も」

と、一言呟く。
そう、「私も」なのだ。いつも。
お前の口から愛の言葉は聞いたことがない。
お前の性格だからきっと恥ずかしいって思ってるんだろ?
でもね、オレは時々不安になるんだ。
もちろん、お前の心を疑ってるわけじゃない。
それでも、時には確認したくなる。
ねぇ?ホントにオレのこと、好き?





その日の宿で、八葉たちが思い思いにくつろぐ中、オレは愛しの姫君をそっと連れ出す。
緊張で焦る心を悟られないように、できるだけ平静を装って。
お前はオレの気持ちなんか何も知らずに、ただいつものようにオレの後をついてくる。
ある程度、宿から離れると、俺はお前に向き直った。
目の前に佇むお前は、何も知らずにただ微笑んでいる。
その無垢な表情に、お前を見ているだけで邪な考えとか起こしてしまうオレは
どうにも穢れた存在に思えて、少しだけ罪悪感が心に滲む。
お前に聞きたいのは一つだけ。
でも、いつものようにオレが囁くだけじゃ、オレの望む答えは帰ってこない。
さて、どのように質問すればいいものか・・・。
オレはしばらく考えて、

「姫君はオレのことをどう思う?」

そう口にした。
お前はきょとんとした顔をしている。
当然と言えば当然だ。
いきなり連れ出して、こんな質問されて、すぐに理解しろと言う方が無理というものだ。
それでもオレは問う。

「お前はオレのことをどう思う?」

お前は真剣なオレの顔をしばし眺めて、それから何か思いついたように顔を赤く染めて俯いた。
そして、ボソボソと小さな声で呟いた。

「わかっているくせに」

うまい。
オレはそう思った。
本当にうまく逃げられた。
言いたいことはわかってる。
お前の表情から気持ちを読み取るなんて造作もないこと。
でも、オレは確認したいんだ。
お前の口から、お前自身から。

「不安なんだ・・・」

オレは声を押し殺していった。
声が震えているのが自分でもわかる。
人を好きになってこんな気持ちになるなんて思ってもみなかった。
女なんて、愛でて、愛してやればそれですむものだと思っていた。
その中に苦悩なんて考えてもなかった。
でも、お前を好きになって、初めてそれを知った。
そして気になるのは八葉を含め、お前を取り巻く無数の男の存在。
それ以上にオレを想うお前の気持ち。
不安、悲しみ、怒り、憎しみ、嫉妬・・・。
グルグルといろいろな感情がオレの内で渦巻いて、どうにもならなかった。

「怖いんだ」

オレは目をたまらず瞑った。
たった一人の女の気持ちを聞くことが、こんなにも不安で怖いと思うなんて、我ながら情けないと思う。
お前は今どんな顔をしているんだろう。
目を閉じたオレにはその表情は分からない。
ふと、首筋に温かいものが巻きついた。
それはお前の腕で、壊れ物を扱うように、優しく、そして強くオレを抱きしめていた。

「ごめんね」

お前の声が耳に響いた。
『ごめん』
それは何かを謝罪する言葉。
お前は何を謝ろうとしている?
沸いた最悪の返答に、オレはお前を抱きしめ返すことができなかった。
それでも、オレを抱きしめたままお前は尚も言う。

「ごめんね。私、ヒノエくんの言葉に甘えていたね。いつも私のことを大事に思ってくれている。
そう言われているだけで満足して、安心して。私からあなたに安心を与えることをしなかった」

その言葉が頭に響く。
そして、徐々にオレに不安とか恐怖とか、そういったドロドロした感情を流していった。

「愛してる」

お前はそう囁いた。
蚊の鳴くような細い声で囁かれた言葉は、しっかりとオレの耳に届き、じんわりとオレの体を駆け巡る。

「愛してる。そんな言葉じゃ足りないくらい、ヒノエくんのことを」

そう言って顔を上げたお前の表情は今まで見たどの表情より綺麗で。
心が満たされたオレはやっとお前を抱きしめることができた。

「オレもだよ」

オレは強く強く抱きしめ、口付けを交わす。
もう不安などは一切なかった。
それでも、またいつかこの感情はオレの中に生じるだろう。
でも、そのたびにお前が消してくれる。
そうだろ?
お前だけがオレに囁く、魔法の言葉で。
長い時間が経って、お互い体を離す。
名残惜しいように、手はまだ絡めたままで。
つと、視線が合う。
オレを見て、お前は笑った。

「初めて見たよ。ヒノエくんのそんな顔」

望美は嬉しそうに笑った。
オレは手を自分の顔に触れてみる。
頬はわずかに熱くて、オレは顔を赤く染めているのだと気付いた。
思えば顔が赤くなるなんて初めての経験かもしれない。

「お前のせいだぞ」

オレは照れを隠すためにワザとぶっきらぼうに言って、プイッと横を向いた。
だけどお前はそんな行動すら面白いように笑った。

「そんなヒノエくんが見れるなら、たまには愛を囁くのもいいかもね」

そう言って望美はオレの手を取って歩き出す。
手を引かれ歩く中で、オレは「勘弁してくれ」と呟いた。
でも心の中では、たまにはそれもいいかな、と思う自分もいた。
お前に愛を囁かれるなら、こんな表情を見せるのもいいかもしれない。
先を歩くお前に、もう一度囁く。

「愛してる」

お前は驚いたように振り返り、頬を染めて、俯いた。
そしていつものように「私も」と呟くのだった。



<了>




2200hitのキリリクです。
溺愛系をとのご要望でしたが、出来上がってみて・・・甘くない?
う〜ん。神子が好きで好きでたまらないヒノエを書きたかったのになぁ。
今回は、ヒノエ口調でやってみました。一人称は難しいですね。
情景とかうまくいきません。
しかし、今回のポイントはそこではありません。
今回は望美と言う言葉を遣わないようにしてみました。
このサイトはドリーム小説ではないので、「お前」と言う言葉を使って、
主人公の気持ちを味わってもらえたらなと思います。


それでは2200hitを踏んでくださった、Jewels様に
葉月から心からの感謝と愛を込めて・・・。