愛情の差




恋人がいる者もいない者も、世の中の全ての男女がにわかに活気づくバレンタインデー。
ここ、有川家でもバレンタインに心躍らせる男三人が集まっていた。
毎年のごとく幼馴染からのチョコを待つ有川将臣と譲、そして今年から新たに加わったヒノエの三人である。
三人は学校ではなく家で渡したいと言う望美の指示を受けて、有川家に集まったのであった。

「どうしてオレがお前らと一緒に待たなきゃならねぇんだ」

そんな中、ヒノエが不満そうに声を出した。

「バレンタインっていうのは恋人たちのイベントなんだろ。
だったら、オレと望美の二人でやったほうがいいに決まってる」

そんなヒノエの不満に将臣は頬をピクピクさせながら答えた。

「世の中には義理チョコってのがあるんだよ!自分で言ってて虚しいけどな」

「そうだ!俺たちはお前よりずーっと前から先輩からチョコレートを貰ってるんだ。今年も貰って当たり前だろ」

兄の反論に弟も加わる。
そんな兄弟二人の様子に、ヒノエは溜息をついた。

「オレはお前らのために言ってるんだぜ。一緒に貰ったら俺だけ特別なのバレんじゃん。
愛情の差を見せ付けられたいなら別だけどね」

それを聞いて、譲は「くっそ〜」っと机を叩いた。

「じゃあ、お前は特別な物を貰える自信があるのか?」

将臣の質問にヒノエは冷ややかに答えた。

「当然。所詮お前らはただの幼馴染。違ってオレは望美の恋人。
特別な物じゃなくて何が貰えるわけ?」

自信満々のヒノエに有川兄弟はギリギリと歯軋りした。
その時、ドアベルの音が室内に響いた。
間を空けずに誰かが入ってくる気配がする。恐らくは望美だろう。
そして、予想通り有川家のリビングに望美が顔を出した。

「みんなお待たせ」

そう言って入ってきた望美の手には一つの紙袋が握られていた。
三人は目ざとくそれがチョコの入っている袋だと見当をつけた。
三人の中で見えない火花が散る。

「今年はね、ヒノエくんもいるから手作りにしたんだ」

意気揚々と話す望美の言葉に、三人の表情が強張る。

「へ、へぇ。今年は手作りか。そんな頑張らなくてもよかったんだぞぉ」

将臣が薄ら笑いを浮かべて賞賛した。

「何よ。どうせ、料理は下手ですよ。でも、大丈夫。お母さんにも手伝ってもらったから」

(それなら大丈夫か)

三人は望美に気付かれないようホッと胸を撫で下ろした。

「作ったのは昨日だけど、ラッピングはさっきやったから遅くなっちゃった。
ごめんね、待たせちゃって。はい、今年のバレンタインチョコだよ」

望美は袋から小さな箱を取り出すと、まずそれを将臣に手渡す。

「サンキュ」

次に譲。

「ありがとうございます」

そして最後にヒノエに渡す。

「ありがとう、姫君って・・・えっ?」

ヒノエの手には横にいる有川兄弟と同じ箱が乗っていた。
ヒノエは信じられなくて望美と自分の箱と有川兄弟の箱を何度も見直した。

「どうかした?」

望美が不思議そうにヒノエを覗き込む。

「あのさ、望美。何か間違ってないかな〜?」

「何を?青いリボンが将臣くん。緑のリボンが譲くん。そして赤いリボンがヒノエくん。何も間違ってないよ」

望美は指を指しながら確認した。
ヒノエはガックリと肩を落とす。
その様子を見て有川兄弟はニヤニヤと笑っていた。

「一体何なの?」

「気にするな。それよりコレありがとな」

「ええ、ホワイトデーは楽しみしていてくださいね」

ショックを受けるヒノエを他所に、有川兄弟は話を進めていく。

「うん。楽しみにしてるね。もちろん三倍返しなのは忘れないように」

「へいへい」

「まかせてください」

将臣と譲の返事に望美は満足そうに微笑むと、片づけが残っているからと自分の家へ帰っていった。
再び三人に戻ると、将臣は未だに消沈しているヒノエにがっしりと肩を組んだ。

「残念だったな。ヒノエ」

「本当に」

譲は必死に笑を堪えていた。
二人の言葉からには微塵も慰めの態度は伝わってこない。

「ま、貰えるだけいいじゃん。世の中には義理チョコすら貰えない男だって五万といるんだぜ」

将臣はソファに腰を下ろすと望美から貰った箱のリボンを解いた。

「そうそう、これで先輩の俺たちへの思いが平等なのが分かったね」

譲も箱を開けてみた。
中にはハート型の溶かして固めるだけという、いたって普通のチョコレートが入っている。

「違う。オレは特別なの。コレはお前らとの不公平がないようにと望美の優しさで・・・」

ヒノエは抗議したが、先ほどとは違ってどこか自信なさげである。

「あー、もう分かったから。とりあえず、食べてみようぜ」

将臣はヒノエを軽くあしらうと、念のため望美のチョコの匂いをかいでみた。

「匂いはオッケー。譲、味はどうだ?」

「俺は毒見役か!」

そう言いながらも「先輩の作ったものならば、例え毒でも全て食べてみせる」という思いを胸に
譲は一口チョコをかじった。

「うん。大丈夫だよ。美味しい」

「よし!じゃあ、俺もいっただきます」

将臣もチョコレートを食べ始めた。

「お!珍しくちゃんとできてんじゃん。望美も腕を上げたのかな?
ヒノエ、お前は食べないのか?」

将臣はまだショック状態から逃げ出せないヒノエに言った。
ヒノエは「ああ」と力なく頷くと、リボンを解いて箱を開けてみた。
そして、すぐに箱を閉じた。

「どうかしたか?」

「いや、なんでもない。やっぱり後でゆっくり食べるよ。今日は邪魔したな」

ヒノエは鞄を持つとさっさと有川家から出て行ってしまった。

「なんだったんだ?あいつ」

「さぁ?」

残された有川兄弟は二人そろって首をかしげた。





「ヒノエくん。気が付いてくれたかな」

その日の夜、望美はベッドの中でそんなことを考えいた。
すると、トントンと何かを叩く音がする。
それは部屋のドアからではなく、窓からであった。
こんな時間に窓から現れる人物など望美は一人しか知らない。
シャッとカーテンを開けるとそこには思ったとおりヒノエの姿があった。

「もう。また窓から入って。ここは玄関じゃないんだから」

文句を言うものの、望美の顔はほころんでいた。
望見が窓を開けるとヒノエは素早く望美の部屋の中に入ってきた。

「分かっているよ。でも、どうしても望美に会いたくて」

ヒノエは望美に顔を寄せるとそっとキスをした。
軽く触れて、一度離れた唇は、今度はより深くお互いを求め合う。
そこで望美が感じたのは甘いチョコの味だった。

「食べてくれたんだ」

望美が嬉しそうにヒノエを見つめた。

「お前の気持ちは確かに受け取ったよ」

そう言ってヒノエは望美の額にもう一度キスを落とした。

「ちゃんとメッセージにも気付いてくれた?」

「もちろん」

ヒノエはにっこりと微笑んだ。
望美が渡したチョコレートには文字が書いてあった。
将臣と譲のチョコレートには何もかかれていなかったが、
ヒノエのチョコレートには『大好き』と、素直な自分の気持ちを伝えてあったのだった。

「それで、今日は望美にお礼をしなきゃと思ってね」

「お礼?それなら来月のホワイトデーに」

「それもちゃんとするよ。三倍どころか十倍にして返してやるぜ。
でも、今日は今日でお礼がしたいなって思って」

ヒノエの微笑みに少しばかり嫌な予感がしながらも望美は尋ねた。

「何をしてくれるの?」

「そりゃ、もちろん。オレから望美にご奉仕させていただきます」

言うが早いか次の瞬間には望美はベッドの上に押し倒されていた。

「ち、ちょっと。家にはお父さんもお母さんもいるのに」

恐らくもう寝ているであろうが、家族がいるとわかっているのにそんなことはできない。
望美は抵抗したが、ヒノエにその願いは通じかなった。

「大丈夫、誰も上がってこないよ。それにすぐ考えることができないぐらい気持ちよくしてあげる」

ヒノエは望美に深く深く口付けをした。
やがてすっかり夜もふけた頃、行為に疲れて夢へと旅立った望美の寝顔を見届けて、
ヒノエは望美の部屋を出て行った。





朝、通学路にはいつのように三人で登校する望美と将臣、譲の姿があった。
しかし、三人の表情はとても健康的とはいえないものであった。
望美は寝不足の顔をしており、有川兄弟は少々やつれている。

「二人はどうして、そんな顔なのよぉ」

望美は眠い目を擦りながら聞いた。

「何でもねぇよ。そういうお前はどうなんだよ」

「私だって、何にもないよ」

望美の寝不足は昨日のヒノエのせいだとわかっている。
だが、それを将臣や譲に言うわけにもいかない。

「先輩、一つ聞きたいんですけど、昨日のチョコに何か入れました?」

「私を疑ってるの?」

「いいえ。そういうわけじゃ・・・」

望美に咎められて譲はたじろいだ。

「実は隠し味入れたけど、何入れたかはナイショ」

望美はサラッと言ってのけた。

「まて、お前何か入れたのか!何入れたのか言えよ!」

将臣が必死に問いかける。

「そんなに知りたいの?強いて言えば・・・」

有川兄弟がゴクリと唾を飲む。

「ア・イ・ジョ・ウ」

望美はにっこりと微笑んだ。

(何入れたんだよ!)

将臣と譲はその悪意のない微笑みに恐怖を覚えた。
学校に着くと、一年の譲と別れ望美と将臣は一緒に教室へ向かった。
教室には既に机にうな垂れて座っているヒノエの姿があった。
二人はヒノエに近づいて声を掛けた。

「おはよう、ヒノエくん」

「ああ、姫君。おはよう」

そう言って顔を上げたヒノエの表情は望美より、有川兄弟より酷いものであった。

「ちょっと、大丈夫?」

望美が声を掛けた。
ヒノエがこんなにまで調子が悪そうなのは初めてのことである。
だいたいいつも望美が寝不足なるまで行為を続けていても、ヒノエのほうはケロッとしていることが多いのに。
将臣はヒノエの体調不良に理由に心当たりがあった。
そして、ヒノエから離れて望美に耳打ちした。

「お前さ、ヒノエのチョコにだけその『アイジョウ』ってヤツ多く入れなかったか?」

それを聞いて望美は驚いた。

「将臣くんよく分かったね。そうだよ、ヒノエくんだけ特別に作ったの」

将臣は「やっぱりな」とヒノエに同情の眼差しを送った。

「愛情の差って怖いな」

「何?」

「何でもない」

全てを知った将臣は応援の意味を込めてヒノエの肩をポンと叩くと自分の席へと向かった。
そして全くわかっていない望美はホワイトでーには何が貰えるのかと、楽しそうに考えるのであった。



<了>



バレンタインデーssです。
最近こんなオチのものばかり書いている気がしますが、まぁいいでしょう。
問題の隠し味ですが、何を入れたかというとこれは望美のみぞ知るです。
私の中では、望美は料理中味見をしないタイプだと思います。
そして、創作意欲だけは高い。だから下手というイメージです。
「あ!あれなんか入れちゃってもいいかも」なんて軽い発想で入れるんだと思います。
そして、その餌食になるのが有川兄弟。そしてヒノエ。
将臣や譲はヒノエが残ったことで逃れられると踏みましたが、ヒノエがいることでかえってやる気が出てしまい、
作る回数が増えてしまったという勝手な妄想が出来上がってます。
何はともあれ、ハッピーバレンタインです。