寄り添う姿




ヒノエは悩んでいた。

「さて、どうしたものかな」

目線を下に向けると、そこには足にまとわり付く一匹の猫の姿。
そもそもの始まりは今日のお昼近く。
熊野水軍の集まる港にて、今日もヒノエが熱心に仕事をしていたときのこと。
港に一匹の猫が現れた。
トコトコと尻尾を振りながら歩くその愛らしい姿に、普段は厳格な熊野水軍の男たちも
ついつい仕事の手を止めて猫の傍に群がる。
それはヒノエとて例外ではなく、耳の裏や顎を掻いたりして猫を撫でていた。
目を細めて気持ちよさそうに身をゆだねる猫に気をよくして、ヒノエは小さな魚を与えたのだった。
そして、ヒノエにすっかり餌付けされ懐いてしまった猫は、
帰宅するヒノエの後を付いて離れず、こうして今に至るのだ。
もちろん、放す努力はした。
進行方向の向きを変えてやったり、いきなり駆け出してみたり。
しかし、それでもめげずに猫はヒノエに付いてくるのである。
立ち止まれば足にまとわり付き、ヒノエは途方にくれていた。

「全く・・・今日は望美と街で待ち合わせをして、久々に二人で出かける予定だったのに」

わかっているのか?と屈んで猫の鼻を突く。
猫はニャーと一鳴きすると、ヒノエに体を摺り寄せた。
ヒノエははぁ〜と溜息を付くと仕方なく、そのまま望美との待ち合わせ場所まで行くことにした。
当然のごとく、その後を付いてくる猫と共に。




「あっ!ヒノエくん。こっちこっち」

前方にヒノエの姿に気が付いて手を振る望美の姿が見える。
ヒノエは思わぬコブを引き連れて、少しだけ足を速めて望美の元へと向かった。
次第にはっきりしてくるお互いの姿に、予想外のモノを見つけて同士に声を上げた

「どうしたんだ?その猫」
「どうしたの?その猫」

ヒノエにはもちろん海から付いてきている猫がいるのだが、何故か望美も猫を抱きかかえていた。

「俺は、港にいた猫に餌をやったら懐かれちゃって。
帰そうと思ったんだけど、ここまで付いてきちまったんだ」

自分のことについて話しているのが分かるのか、猫は鳴いて挨拶をする。

「私のほうは、予定より早く着いちゃって待っていたら、軒先からこの子が出てきたの。
それからずっと一緒に待ってたんだ」

望美は抱えていた猫を撫でると、その猫はゴロゴロと喉を鳴らした。
二匹の猫を抱えてどうしたものかと二人が悩んでいると、望美の方の猫がぴょんと飛び降りた。
そして、ヒノエの猫に寄っていくと、その顔にスリスリと頬を摺り寄せる。
何やら話しているように鼻を引っ付き合わせると、仲良く体を寄せ合いながら、街中へと消えていった。
それを無言で見送るヒノエと望美。

「ねぇ、もしかしたらあの二匹もここで待ち合わせしてたのかもしれないね。私たちみたいに」

望美がヒノエの手に指を絡ませる。

「全く、望美考えは可愛く過ぎて困るね。でも、そうだったらいいな」

ヒノエはそっと握り返した。

「オレも負けてられないな」

「何?」

「オレたちも、アレくらい仲良くならないとねってこと。もちろん、負けてるつもりもないけど。
望美を一番愛してるのは、オレだからさ」

握っていた手を口元まで持っていき、チュッと望美の甲に口付ける。
その行動に望美は頬を赤く染めた。

「もう。街中で恥ずかしいじゃない」

「ふふっ。でも、お前が誰の物であるか世間に分からせる絶好の機会だろ?」

その返答に口をパクパクと開け閉めしていた望美だが、結婚もしてヒノエの軽口にもすっかり慣れた望美である。
これで引き下がる望美ではない。

「その必要はないよ。ヒノエくん」

「?」

予想外の反撃にヒノエが首を傾げる。

「へぇ。じゃあ、その理由を聞かせてもらおうか?」

「それはね・・・」

望美はヒノエの耳に囁いた。

「ヒノエくんを愛しているのも私が一番だからだよ」

「・・・っ///」

ヒノエはわずかに頬を染め、言葉を失った。

(どうして、望美はこんなに可愛いこと言うかな)

今自分がどんな表情をしているかなんて考えたくもない。
自分にこんな表情をさせられるのは望美だけだ。
望美だけにこんな表情を見せることができる。

「どうしたの?」

急に押し黙ってしまったヒノエを望美が不思議そうに見る。

「何でもないよ」

ヒノエは苦笑交じりに答えた。
望美は分かっているだろうか。
自分にこの表情をさせられるのも、見ることができるもの、どんなに特別なことか。

(きっと分かっていないだろうな)

ヒノエは隣に立つ少女を見つめた。
これからも自分はこうやって彼女にどんどんハマっていくんだろう。
でも、決して悪い気はしない。
こちらがハマった分だけ、向こうもハマらせてやる。

(まだまだ先は長いんだからね)

果たして、一番ハマってしまうのは誰なのか?

「さぁ、今日は何処へ行くんだい?」

「えっとね・・・」

こうして二人は歩き出した。
その後姿は、先ほどの猫たちのように寄り添い、仲睦まじかった。



<了>



今学校に生徒についてやってくる猫がいます。
それを見て思いついた話です。
たまにはヒノエにも猫が懐くような話を書きました。
別の話でいつも可哀想な目にあってますからね。
可愛い感じに仕上がったと思うので、ちょっと気に入っている話です。

クリスマス企画にリクエストしてくださった桜様に
葉月から感謝の気持ちを込めて・・・。