救いの光・後編




「はぁ・・・、はぁ・・・」

三太は森を駆けた。
早く神子から離れなければ、いつか自分を失ってしまう。
あの声は強くなる一方。
何故、こんなことになってしまったのか。
始まりはあの時だった。



福原の戦場。
三太は平家方の平氏の一人として戦に参戦していた。
戦は酷いものだった。
荒れ狂う戦場、木霊する断末魔。
目の前で繰り広げられる、生と死の狭間の戦い。
初めて戦に出た三太にとって、これらは恐怖でしかなかった。
生きたい!死ぬのは嫌だ!
心の底から叫んだ。
そしてその場から逃げ出した。
誰か、自分を助けて欲しい。そう願った。
そして見つけた。
光輝く美しい神子を。
救いを求めて彼は駆け出した。
しかし、その行く手は源氏の平氏に阻まれ、絶命した。
いや、絶命したはずだった。
暗く閉ざされた死の闇の中で、あの声が響いた。

<ほう、そこまで生にしがみつくか。だが、人間とは儚いものよ。お前は死んだ>

(ああ、僕は死んだのか。神子様・・・)

<最後に求めたものは神子か。面白い。お前に機会をやろう>

(機会?)

<そうだ、お前を蘇らせてやろう。そして・・・>

その声は残酷な命を下した。

<神子を滅せよ。我のために>

気がつけば戦は終わっていた。
辺りには敵味方が混合したたくさんの死体。
その中で起き上がったのは自分だけだった。
三太はあの声の言ったとおり、死の底から蘇ったのだった。
体を見下ろすと、斬られた傷はそのままだった。
それでも、自分は蘇って、生きている。

「そうだ、神子様」

三太は蘇った理由を思い出した。
神子に会いたい。
三太は駆け出した。
戦場はもう振り返らなかった。
そして、熊野で彼女を見つけた。
嬉しさのあまりすぐに声を掛けた。
始めは戸惑っていた様子だったけれど、彼女は自分を受け入れてくれた。
一緒にいたのはほんのわずかな時間ではあったけれど、楽しかった。
自分に向けられる笑顔を見れたことが、嬉しかった。
でも、あの声が離れない。

<神子を滅せよ>

神子から離れたのは、三太の最後の理性だった。

ザザッ

「!」

前方の茂みが揺れたかと思うと人影が飛び出してきた。

「やーっと追いついたぜ」

「将臣殿」

続いて後方からも人影が現れる。

「知盛殿。神子様」

前を将臣、後ろを知盛と望美に取られ、三太は挟み撃ちの状態になった。
もう、逃げ出すことはできない。

「さぁ、話してもらおうか。お前は一体何者だ」

三太が観念して将臣を見据えた。

「僕を、お忘れですか?還内府殿」

「っ!何故、その名を」

「一兵士のことなどお忘れでしょう。中納言殿」

振り返って知盛を見る。

「・・・・」

将臣は三太をじっと観察した。

(こいつはオレと知盛を知っている。それが意味するのは・・・)

「まさか!平家の・・・」

将臣は思い当たった結論に愕然とした。

「何なの?将臣くん」

望美が促す。
将臣は告げるか否か迷ったが、やがて低く声を絞り出した。

「こいつは平家の・・・怨霊だ」

知盛は眉間に皺を寄せた。
望美は将臣の言葉に愕然した。

「嘘!」

望美は否定して欲しいと思いを込めて三太を見つめた。
しかし、その口から否定の言葉は紡がれることはなかった。

「思い出した。三太は俺の部隊の兵だった。
先の福原の戦いで戦死者の名簿の中に確かにその名があった。
死の知らせを聞いたこいつの親友がせめて遺体だけでもと戦場に戻ったんだが、遺体は見つからなかった」

「生きてたということは?」

知盛が可能性を口にする。
しかし、将臣はそれを否定した。

「俺も不思議に思って調べさせたんだが、近くにいた別の兵が確かに斬られたのを見たらしい」

「そんな。じゃあ、ここにいるのは・・・」

望美は涙目になっている。
将臣も信じられない。信じたくない。
でも思い当たる節が多くあった。
望美と共にいたいのに、極端に触れ合うことを避けようとする行動。
あれは敦盛にそっくりだ。
将臣は三太が怨霊であることを確信していた。
何故なら、それを成せる人物を知っているから。

「父上だな」

知盛が将臣の心のうちを言葉として吐いた。
平家の首領・平清盛なら怨霊を作り出せる。
平家の兵である三太が怨霊として蘇っても不思議ではなかった。

「その通りです。僕は清盛様によって新たに蘇りました。怨霊として」

三太が口を開いた。
額からは冷や汗が流れ落ちる。
今、三太は内なる声と戦いながら話していた。
それがもう限界に来ている。

<神子を滅せよ>

「っ!うああぁぁぁ」

ガクリと膝を突いて、胸を押さえる。
そこは致命傷となった傷がある場所。
傷口からは黒い瘴気があふれ出ていた。

「神子様!どうか僕を封印してください。そのお力で・・・」




僕を救って・・・




その言葉は声にならなかった。

「ああぁぁぁ」

三太が苦しそうに胸をかきむしる。
しかし、瘴気が止まることはない。
望美、将臣、知盛の三人はあまり光景に目を離すことができなかった。
黒い瘴気は広がり、三太の身体を包み込んだ。
そして、瘴気が晴れたとき、そこにはもう三太の姿はなかった。
あるのはおぞましい姿をした怨霊のみ。

「っ!知盛!行くぞ!!」

「言われなくとも」

将臣と知盛は刀を手に怨霊に向かっていった。
しかし、望美は・・・。

「おい!望美!」

将臣が攻撃を受けながら望美を振り返った。

「ダメッ。できない」

「あれはもう三太ではない。怨霊だ」

知盛が言った。

「でも・・・」

望美の脳裏に短い間だったが三太との思い出が浮かび上がる。
怨霊だったとはいえ、三太と戦うことなどできない。

「あいつはお前に封印されることを望んでいた。怨霊の救いの光はお前の封印なんだ」

「・・・・」

二人が怨霊と戦っているのに、自分は何もできないのか。
自分は三太を救うことができないのか。
そんなもどかしさが望美を襲った。

(三太くんは、私に封印されていることを望んでいる?)

その時、将臣の大太刀が跳ね返された。

「チッ」

大太刀は空を舞って地面に突き刺さる。
武器のなくなった将臣は怨霊の的となった。
怨霊の手が将臣に伸びる。
知盛はもう片方の手と組合い、動くことができない。
将臣を救えるのは、望美だけだ。

「将臣くん!」

望美は駆け出した。
そして、剣で怨霊の手を受ける。

「ごめんね、将臣くん。迷ったりして。私は神子だもの。絶対三太くんを救って見せるよ」

「ああ、救ってやろう」

望美と将臣は互いに頷き合った。
そして望美は切っ先を下方から上げ、怨霊を跳ね返した。
その隙に将臣は刀を取りに走り出した。
大太刀を手にした将臣と望美、知盛の三人の攻撃により、怨霊は徐々に体力を削られていった。

「神子。ヤツの急所は恐らくあの傷だ」

知盛が指示を出す。
傷跡からは未だにわずかの瘴気が漏れ出ていた。

「分かった」

(三太くん。私はあなたを救いたい!)

強い思いのこもった望美の最後の一撃は、綺麗に傷跡をたどり、穢れを浄化していった。
怨霊は光に包まれ、それが消えると地面に横たわる三太の姿があった。

「三太くん!」

三人は三太に駆け寄った。
ふっと三太の瞼が開けられ、望美をとらえた。

「神子・・・様?」

「よかった。無事で」

望美は安堵したが、将臣はつらそうに伝えた。

「望美、三太は怨霊だ。もう・・・」

望美は目を見開いた。
そして、その瞳からは涙が溢れ出した。
それを見て三太は元気づけるように微笑んだ。

「将臣殿の言うとおりです。僕は一度死んだ身。理に反してこの世に居続けることはできません」

「でも・・・」

「聞いてください。僕は生きたかった。戦いのある世が嫌だったんです。
僕は救いを求めました。それがあなただったんです。
そしてそこを清盛に付け入られました。あなたを滅せよと」

将臣は唇を噛んだ。

「あなたと共にいたいというのは、僕の我侭でした。それにつき合わせてしまって申し訳ありません。
神子様、僕を封印してください。それが救いとなるのです」

三太は望美に手を伸ばした。
今まで望美を拒んできた手を自ら差し出す。

「望美」

「神子殿」

将臣と知盛も望美を促した。
望美もついに決心して、ゴシゴシと手の甲で涙を拭った。
そして、そっと差し出された手を両手で包み込み、封印の祝詞を口にした。

「ひびけ、地の声」

(ああ、やっとあなたに触れることができた)

「とどけ、天の声」

(神子様、初めて会ったとき僕が言ったことを思えていますか?あれは本心だったんです)

「かのものを」

(僕は、あなたのことが・・・)







好きでした・・・







「封ぜよ!」

望美の声が響き、三太が光に包まれる。
心地よさそうな三太の顔。
閉じられた目からは一筋の涙がこぼれた。
やがて光は強くなり、三太は光に包まれその姿が見えない。
そして、大きな光は小さな光に散って消えていった。

「よく、頑張ったな」

将臣は望美を抱きしめた。

「あれでヤツも救われただろう」

知盛も反対側から望美を抱きしめる。
二人に抱きしめられて望美は涙を次々に地面に落とした。
将臣と知盛は望美が泣き止み落ち着くまで、ずっと傍で無言のまま抱きしめていた。




翌朝、将臣と知盛の泊まる宿にはいつもと変わらない望美の姿があった。

「知盛!朝だよ」

やっぱり寝起きが悪い知盛。
望美も懲りずに揺さぶり続ける。

「ほら、怨霊探しに行こうよ」

「・・・・」

知盛は掛布を頭まで引っ張り揚げてそれを拒んだ。

「おっ、張り切ってるな。望美」

先に起きていた将臣が顔を洗って戻ってきた。

「うん。早く怨霊を探して封印しないとね。それが怨霊たちの救いとなるなら、なおさら」

「望美・・・」

将臣は微笑んで望美を見つめた。
知盛もちらりと顔を覗かして望美を見る。

「私、決めたんだ。絶対この戦いを終わらしてみせる。そして、できれば戦いのない世の中にしたい」

甘い考えかもしれないけど。と望美は付け加えた。

「いや、いいんじゃないか」

将臣はポンと望美の頭を叩いた。
褒められたように感じた望美は笑った。

「あれ?知盛?」

気がつけば、知盛は起き上がり身支度を始めていた。

「行くんだろ。怨霊を探しに」

ようやく動き出した知盛に望美は嬉しくて元気よく返事をする。

「うん!待ってるから」

そう言って、今度はからかわれる前にその場から去った。

「珍しいな。お前がこんなにあっさり起きるなんて」

「別に・・・他意はないさ」

そうは言うものの、恐らくは望美のためだろう。
八葉に加えて知盛まで恋敵に加わったことを知った将臣は深い溜息をつくのだった。

(まぁ、いいか。当分はこの三人で一緒っていうのも)

そして、望美、将臣、知盛の三人は今日も怨霊を探すため熊野に繰り出していった。



<了>



以上、「救いの光」でしたー。
シリアスな話でしたね。そして恋愛色はなし。
こんな話で楽しんでいただけるかなーと心配でしたが、何とか終わりを迎えることができました。
なぜこの話を書きたかったかというと、ラストの泣いている望美を二人が両脇から抱きしめる。
この部分が書きたかったんです。
そして発展させたのがこの作品なんですね。
もう少し文才があればもっといい話が書けるのになと思いました。