救いの光・中編




「知盛、どう思う?」

あの後三太に連れられ色々な所を回った。
しかし、これといって有力な収穫はなし。
望美を送り、三太とも別れ、宿の戻った将臣と知盛だった。
夕食を終え、部屋に戻ると将臣はそう切り出した。

「どう、とは?」

「三太のことだよ。何か怪しいと思わないか」

「さて・・・な」

知盛は杯を傾け、酒を喉に流し込んだ。

「オレ、どっかで見た気がするんだよな」

「ほう」

「今日別れる時どこに滞在しているかも言わなかった。それに何か引っかかる」

腕組みをして感がるが、それが何なのか答えは出ない。
すぐそこまで出ている気がするのに。

「あー、くそっ」

将臣は頭をガシガシとかくと、置いてあった杯を一気に煽った。

「とにかく!明日はもっと警戒しとかねぇと」

「明日もヤツが来るのか?」

将臣の言葉に知盛は眉根を寄せた。
今日一日の付き合いだと思っていたのだ。

「ああ、望美が去り際に『明日もよろしく』なんて言ってるのを聞いたぜ。
全く、こっちの気も知らねぇで。のん気なやつだよ」

「神子殿らしいじゃないか。純心で、無垢で。なのに時折獣のように鋭い眼差しを灯す」

うっとりと目を細める知盛。

「お前、マジで言ってるのか?」

「有川には、あの射るような眼差しの心地よさは分からんか」

ククッと知盛は喉を鳴らした。
将臣は嫌な予感が的中したと確信した。

(要は、アイツに惚れてるってことじゃねぇか)

今更ながら知盛を熊野に連れてきたことを後悔した将臣だった。




同じ頃、三太は森の中にいた。
辺りは一面の闇。しかし、彼に恐れはなかった。
それは光を見つけたから。

「神子様」

そっと名前を呼ぶ。
昼間に出会った少女はとても親しみやすく、明るい、あどけない少女だった。
ただ、怨霊に向かおうとする強い意志だけが、彼女が神子なのだということを物語っていた。
しかし、神子と行動を共にしている人物には驚いた。
将臣と名乗っていたがあれは還内府・平重盛と中納言の平知盛だった。
何故彼らがここに?
自分が何者かと知られたらどうしようかとあの時焦った。
その時感じた殺気を思い出すと今でも冷や汗が出てくる。
だが、二人とも自分が誰なのかは気付かなかったようだった。
そのことにどれだけ安堵したことか。
しかし、二人が警戒を解いたというわけではない。
別れ際に将臣が聞いてきた。どこに滞在しているのかと。
三太は曖昧に言葉を口にしていたが、信じてもらっているかというと否だった。
三太には帰る場所などなかった。
この世界のどこにも。
三太は思考を切り替えて、明日のことを考えた。
神子は『明日もよろしく』と言ってくれた。
それは明日も会いに行ってもいいのだという約束。

(早く明日になればいいのに。)

そう思って三太は天を仰いだ。
思い出すのは自分に向けられた花のような笑顔。
ただ、差し伸べられた手を握ってやれなかったのが心残りだった。
自分は彼女に触れてはいけない。何故なら自分は・・・。
その時、自分ではない誰かの声が頭に響いた。

<神子を・・・・せよ。我・・・・ために>

「ぐっ」

三太は頭を抱え、地に膝をついた。
声は尚も響く。

<神子を滅せよ。我のために>

「アッ・・・。い・・・やだ」

声を振り払おうと、拒絶の声を漏らす。
しかし、声は自分の内から響いて取り除くことはできない。

「あ・・・ああ」

心臓が大きく脈打つ。
肩から腹部にかけて鋭い痛みが走った。

<神子を滅せよ。穢れた存在よ>

(そうだ、僕は穢れている)

あなたには消して触れることのできない存在。
それでも、救いを求めてしまうのは罪なのだろうか。




次の日の朝・・・。

「おはようございます。将臣殿、知盛殿」

宿を出るとそこには三太の姿があった。

(やっぱり来たか)

当たり前のように姿を現した三太に、どう対応しようかと将臣が悩んでいると。

「おはよう、みんな」

三人の姿を見つけて望美が姿を現した。

「おはようございます。神子様」

「おはよう。みんな早いね。知盛も」

「たまには、な」

短く返事を返す知盛だが、彼が今日に限って早く起きた理由を将臣は知っていた。

(こいつも望美の事が心配だったんだな)

いいとこあるじゃんと思いを込めて、将臣は知盛の肩を叩いた。

「なんだ?」

「べっつに〜」

ニヤニヤ笑って見せるが、それが知盛には不服だったようだ。

「それで、神子殿。今日はどちらに?」

「そうだなぁ。那智大社辺りとかどうかな」

「那智大社ね。OK!さっさと行こうぜ」

こうして一行は那智大社へと向かったのであった。




「またしても空振りかぁ」

数刻後、休憩にと入ったお団子屋では溜息をつく望美の姿があった。
三太、望美、知盛、将臣の順に長いすに座り、団子を頬ばっている。
今回はとりあえず将臣と知盛は見守る側にいた。

「申し訳ございません。僕がもう少しよく知っていたなら」

それを見て三太が謝る。

「ううん。気にしないで。怨霊が見つからないのは三太くんのせいじゃないんだから」

「・・・はい」

本当に申し訳なさそうに頷く三太。

「ふふっ。でも此処のお団子ホントに美味しい。これは三太くんのおかげだよ」

この店に入ったのは三太が見つけたからだった。
少し疲れを感じていた望美には有難い提案だったのだ。

「ありがとうございます。神子様」

三太は照れ臭そうに頬をかいた。
望美は彼にすっかり心を許してしまっていた。

「ほらっ、三太くんもお茶飲んで。全然食べてないじゃない」

望美は湯飲みを差し出したが、三太はそれを断った。

「いえ、僕は・・・」

「きゃっ」

そのとき、望美はうっかり手を滑らし三太の胸の辺りにお茶をこぼしてしまった。

「ごめんなさい!熱いでしょ。これで早く拭いて」

望美が店の人が置いていった手ぬぐいを差し出した。
拭いてやろうと襟元を肌蹴さすと、三太の露になった肌に大きな傷跡があるのが目に入った。

「!?」

左肩から右腹部にいたるまでの大きな傷跡。
まるで、刀で切りつけられたような。
三太は望美がそれに目を留めていることに気付くと、素早く距離をとり、傷を隠した。

「三太くん。それって・・・」

「お見苦しいものを見せてしまい申し訳ございまっ」

望美が何かを言う前に、三太はそれを遮った。
しかし、全てを言い切る前に三太の喉元には冷たいものが当てられていた。
それは将臣の大太刀と、知盛の太刀。
その刃は容赦なく三太を捕らえていた。

「知盛っ!将臣くんっ!」

突然の二人の行動に望美は慌てた。

「どういうことだ、てめぇ。その傷、とてもじゃねぇが生きてる者がもてるものじゃねぇ」

将臣は三太を睨みつけた。
刀を扱うものならば分かる。
あの傷は完全に致命傷のものだ。
あんな大きな傷を負って生きていられるとは考えられない。
三太はその問いに答えなかった。

「話せ」

知盛が僅かに刃を強く押し当てる。
三太の首からどす黒い血が滲んだ。
頑なに話すことを拒む三太と、刃を突き刺す二人のこの状況に望美は慌ていた。

「三太くん・・・」

「神子様」

三太は望美を見つめた。
その瞳には後悔の色が出ていた。
そしてまた、あの声が彼を蝕む。

<神子を滅せよ>

「・・・っ」

三太の表情が苦痛にゆがむ。
手は胸を、あの傷を押さえた。

「おい、どうした」

突然苦しだした三太に動揺して、将臣の太刀に僅かな迷いが出た。
その隙を突いて、三太は刃から身を離した。
しかし、その素早さはとても人間のものではなかった。
そして、そのまま三太は走り出した。

「追うぞ、知盛!」

「ああ」

そう言って二人も三太を追って駆け出していった。
続いて状況を飲み込めずに出遅れた望美も三人の後を追って森に入ったのだった。



<了>



なんとなーく三太の正体が分かってきた中編です。
頭に響くあの声の主はあの方です。
望美のために早起きする知盛がちょっと可愛い。

次はラストです。