救いの光・前編




荒れ狂う戦場、木霊する断末魔。
少年は一人駆けていた。
喉が焼け切れるのではないかというくらい走った。
足は既に限界を超えている。
それでも少年は駆けた。
それは生にしがみつこうとする人間の性。
そうしている間にも周りにいる人間は次々に斬られ、息絶えていく。
敵味方関係なく、死体は増える一方。
少年の心は闇に閉ざされていた。
何故、自分はこんなところにいるのだろう。
そんな疑問さえ浮かんでくる。
しかし、それに答えるものはない。
これがこの時代の当たり前の光景。源氏と平氏が争う時代の。
少年は光を求めた。希望という名の光を。
不意に視界の端に明るい光が入った。
少年は足を止め、そちらを見つめた。

「あ・・・」

目に映る光景に少年は息を呑んだ。
視線の先には一人の少女。
舞うように剣を振るい、此処が戦場だと言うことを忘れさせるほどその存在は光り輝いていた。
そして、何より女神と見間違うほどの美しい容貌。
その剣先が怨霊と向かい合っている。
少女が怨霊を切りつけると、怨霊は光に包まれ消えていった。
それが先ほどから彼女が光って見える基なのだと気付いた。
そういえば、源氏には白龍の神子と呼ばれる戦神子がいると聞いたことがある。
龍神により召喚され、怨霊を封印する力を持つという。
彼女がそうなのか?

(光だ)

彼は思った。
神子なら、彼女なら、自分を救ってくれる。
次の瞬間少年は走り出していた。

「神子様っ!」

彼は叫んだ。
一瞬、神子と目が合った気がした。
しかし、神子だけを映していた視界を何かが遮る。

「お前、平家の者だな」

「っ!」

突然現れた源氏の兵。

「覚悟っ!」

兵が刀を振り上げ、次の瞬間それが少年に向かって振り下ろされた。
左肩から右腹部にまで一気に切りつけられる。

「うわあぁぁっ!」

少年はその場に崩れ落ちた。
少年を中心にして血の海が広がる。
致命傷を負わせたことを確認して、源氏のは次なる敵を求めて去っていった。

「・・・っ。・・・アッ」

声を出したいのに声が出ない。
痛みはとうに感じない。
自分は死ぬのだと、そう確信した。

(・・・みこ・・・さ・・・ま)

ぼやけた視界で、神子がいるであろう場所を見る。
その瞳はもう何も映らない。
それでも、最期の力を振り絞って少年は手を伸ばした。

(どうか、救いを・・・)

しかし、伸ばされた手は何も掴むこのなく地面に落ちた。





「とーもーもーり、朝だよ」

此処は熊野の勝浦。将臣と知盛が泊まっている宿の一室である。
川を氾濫させた怨霊を探すため、望美は八葉を離れこの二人と行動を共にしていた。
この日も一緒に熊野を回ろうとやってきたのだが、待っていたのは将臣だけ。
朝が弱いという知盛を起こすため、彼女は知盛の寝ている寝室にと足を運んできたのだ。

「ほらっ、起きてよ」

ゆさゆさと掛布に丸まって眠る知盛を揺すってみるが、全く反応がない。

「んー、やっぱり将臣くんじゃなきゃダメなのかな。しょうがない、呼んでこよっと」

立ち上がろうとすると床についた腕を掴まれた。

「そう、焦るなよ」

「・・・っ、知盛!起きてるならそう言ってよ」

全くこの男の行動は心臓に悪い。
今までにもこうやって驚かされることが何度もあった。
その度に高鳴る心臓が憎い。

「お前の頼みを、聞いてやらなくもない・・・ぜ」

このマイペースさ、どうにかならないものだろうか。

「あのね、頼みっていっても、ただ起きて欲しいだ・・・けっ!」

離してもらおうと引き抜こうとした腕を逆に引っ張られ、望美は体制を崩してしまった。
そして気がつけばいつの間にか知盛の下に組みしかれる体制。

「この状態から起き上がれるものなら、な」

そう言ってニヤリと笑ってみせる。
その表情に望美はからかわれているのだと気付いた。

「ちょっと、どいてよ!重い!」

じたばたと暴れるが、なかなか起き上がることができない。

「そう焦らずとも、時間はたっぷり、あるんだぜ」

知盛の顔が望美に近づいてくる。
二人の唇が触れ合うまであとわずかというところで、

「知盛ぃ!」

勢いよく扉が開けられ、望美の幼馴染である有川将臣が部屋へと入ってきた。
その瞳は怒りに揺れ、傍まで来ると望美と知盛を引き剥がした。

「知盛、てめぇ!」

将臣は知盛の襟元を掴み、睨みつけた。
しかし、知盛のほうは全く堪えていない。

「ああ、兄上殿。お早いお目覚めで」

「何ふざけてやがる!望美に何をした!」

「何も」

「嘘をつけっ!」

将臣は知盛を前後に揺さぶった。

「あの、将臣くん。本当に何もなかったよ。私は大丈夫」

「望美・・・」

望美は知盛を掴む将臣の腕に、自分の手を重ねた。

「だから、もう」

ちらりと知盛のほうに視線を向ける。
放してやれと言うのだ。
将臣も仕方なく知盛の襟を放した。

「クッ、兄上殿は、この娘の事となると我をお忘れになるようだ」

「何っ!」

再び将臣が体を乗り出す。

「将臣くん!知盛も」

望美が割って入る。

「ああ、悪かったな」

将臣は知盛から離れた。
それでも苛立ちからか、頭をガシガシとかいでいる。
望美は離れたことに安堵して溜息をついた。

「もうっ、いつもこんななの?」

「別にいつもって訳じゃないさ。ただ・・・」

(お前のことになるとつい)

その言葉を将臣は飲み込んだ。
三年ぶりに再会した幼馴染。
以前から寄せていた想いが、三年の空白を経てより強いものとなっていることに将臣は気付いていた。
もう離れたくない。誰にも渡したくない。
けど、自分は平家側の人間だ。
今想いを告げることはこいつのためにも自分のためにもならない。
だから今はこの気持ちを閉まっておく。
が、その間に他の者に手を出されては堪らない。
特に、隣にいるこの男。平知盛には。

(こいつは要注意だぜ)

昨日、知盛が望美を連れてきたことにも驚いたが、珍しく女に興味を持ったことにもっと驚いた。
いつもは戦だ、血だという物しか興味を示さないと言うのに。
女など、ただの欲求を散らす対象としか見ていないのに。
なのに、望美には興味を持った。
それが何を意味するのか、そんなことは考えたくもなかった。

「将臣くん?」

「何でもねぇよ。それより、知盛。宿のおばちゃんが朝餉が片付かないって困ってたぜ。早く行けよ」

「ダルイ・・・な」

「お前、そんなこと言ってねぇで、さっさと着替えろ」

そう言って知盛の着物を投げてよこした。
知盛はしぶしぶという感じだが、それを拾っている。

(何だかんだで仲はいいんだよね。そんなに心配しなくてもいいのかも)

望美は二人のやりとりをじっと見ていた。
すると、知盛と目が合う。

「神子殿」

「な、何?知盛」

じっと見ていたことに気付かれて決まりが悪くなった望美は、少し顔を赤らめて答えた。

「ずっと、そこにいるつもりか?俺は着替えたいのだが。
まぁ、神子殿が望むなら、それでもかまわない・・・ぜ」

「・・・っ/// 知盛のバカッ」

望美は顔を真っ赤にして、慌ててその場を出て行った。

「おい、あんまりアイツをからかうなよ」

将臣は知盛を睨みつけた。

「からかう?」

「お前のは冗談にならねぇんだよ。その辺自覚しろよな」

「クッ、気になるのか?オレの存在が」

「別にそんなんじゃねぇけど」

将臣はぷいっと目を逸らした。

「とにかく、早く仕度を済ませろよ。先に行ってるからな」

そう言って将臣もその場を出て行った。
一人残された知盛は、

「からかう?俺が?」

何故?と知盛は自問自答した。
彼には心の端に生まれている感情が何なのか、まだ分かっていなかった。
そして答えの出ぬまま、着替えを始めるのだった。




「今日はこの市で捜索しよう」

望美の意見で三人はとある市を中心に聞き込みを開始することになった。
将臣のほうはそれなりに熱心に動いてくれたのだが、
知盛のほうはというと果たして戦力になっているかどうかは疑問だった。
そうこうしているうちに昼近く。そろそろお腹も空いてくるころ。
望美は出店から漂ってくる匂いに鼻をひくつかせた。

(なんだろ、凄くいい匂い)

誘われるままに足を向かわせる望美。
いつしか二人と離れていた。

「あっ、お饅頭だ。おいしそう」

たどり着いたのは饅頭屋。
買うべきか買わないべきか悩んでいると・・・。

「神子様っ!」

不意に声を掛けられた。
顔を向けるとそこには同じ年頃の少年が一人。

「白龍の神子様ですよね?」

「ええ、そうですけど」

「ああ、まさかこんなところで会えるなんて」

少年は感極まりないとばかりに拳に力を入れた。

「あの・・・あなた」

「誰だ?」

まさに今自分が問おうとしたことを、背後から低い声が問いかける。
そして、望美と少年の間を裂くように腕が入り込んできて、望美は背にかばわれる形となった。

「将臣くん。知盛」

望美は正面にいる将臣、背後にいる知盛を交互に見やった。

「望美、あまり勝手にいなくなるなよ。心配するだろ」

「うっ、ごめんなさい」

望美は素直に謝った。

「それで、あの者は?」

知盛が目を細める。
自分の縄張りを侵そうとする者を威圧する目だ。

「あ、あの、僕は」

少年は思わず二人の凄みにたじろいでしまった。

「怖がってるじゃない。ごめんね。この二人怖いでしょ?」

「それじゃ、フォローになってねぇって」

将臣の不満を無視して望美は続ける。

「あなたは誰なの?私に何か用?」

望美は将臣を押しのけ、少年との空間を作った。
それに、将臣はさらに不満の表情を表す。

「僕は三太っていいます。あの、僕、神子様のことが好きなんです!」

「はぁ?」

突然の告白に将臣が声をあげる。
そして、将臣、知盛の二人分の殺気が少年を襲った。

「あ、そういう意味じゃなくて。憧れというか、尊敬してるというか」

少年、三太は慌てて言い繕った。

「なぁんだ。ファンってこと?突然『好き』とか言うからビックリしちゃった」

望美は笑って返したが、将臣のほうはそうもいかなかった。
どういう形であれ、告白を先にとられてしまったのだ。
気分のいいはずもない。

「それで、対面は済んだだろ。もう用事はないよな」

早く散れと言わんばかりに将臣は言い放った。

「用事はそれだけじゃないんです」

(まだあるのか)

将臣はイライラと次の言葉を待った。

「お三方は怨霊を探しているのでしょう。僕にも手伝わせてください。心当たりがあるんです」

「それ、本当!?」

食いついたのは望美だった。

「ええ」

「よかったぁ。これで早く見つかりそうだね。将臣くん」

「あ、ああ。そうだな」

肯定するも、将臣はまだ完全に警戒を解いたわけではなかった。
それは知盛も同じこと。

「私は春日望美。ヨロシクね、三太くん」

望美は手を差し出したが、三太はそれを握り替えそうとはしなかった。

「ええ、よろしくお願いします。神子様」

ただ、そう言って微笑むだけだった。
行き場の失った手を元に戻し、望美は二人の紹介もした。

「えーと、こっちが将臣くんで、こっちが知盛」

「・・・・」

「・・・・」

無言で返す二人。
望美もどうしようもなくなってきた。

「もうちょっと愛想よくしてよね」

望美は知盛を肘でつついたが、反応はなし。
望美は内心溜息をつくと、三太を促した。

「それじゃ、早速お願いしてもいいかな」

「はい、お任せください」

「でも、その前に」

キラリと鋭くなる望美の眼光。

「?」

一同は何事かと息を呑む。そして・・・、

「おばさん、お饅頭四つね」

「あいよ」

クリンと身を翻して、店のおばさんに指を四本立てて注文する望美。
ガックリとうな垂れる将臣と後ろで笑をこらえる知盛。

「お前なぁ」

「だって、腹ごしらえも必要でしょ。代金はヨロシクね」

「ったく、ちゃっかりしてるぜ」

こうして三太を新たに含めた一行は再び怨霊探しへと繰り出したのだった。



<続>



将臣→望美←知盛?なので、はっきり言って恋愛色は皆無です。
知盛はなかなかしゃべってくれないので、将臣寄りのストーリーになりました。
そして、またしてもオリキャラの三太くん。
平々凡々な名前にしようと考えてたらこんなんなっちゃいました。
○太って名前にしたかったんですよ。
彼は平民なんで平凡な感じは出ているのではないかと・・・。