二人の体温




「わぁ、綺麗ですね。弁慶さん」

クリスマス。江ノ島に来ていた望美と弁慶は高台から夜景を見ていた。
眼下にはクリスマスのイルミネーションが広がっている。
望美は手すりに駆け寄ってそれを眺めていた。

「えぇ。灯りをこんなに綺麗だと感じたことはありません」

「向こうは蝋燭だもの。電球とは違いますよね」

「そうですね。でも、向こうの世界にも綺麗なものはありましたよ。
例えば・・・舞うように剣を振るう美しい戦神子とか」

そう言って弁慶は微笑んだ。
望美はかぁっと頬を染める。

「もぅ、弁慶さんは冗談が過ぎます」

望美は照れ隠しに、ふいっと目を逸らした。

「冗談じゃないんだけどな」

弁慶が呟いたが、望美は恥ずかしくて聞こえないフリをした。
なかなか視線を戻せないでいると、目の前をスッと白いものが横切った。
顔を上げると夜空から、ヒラリヒラリと雪が舞い降りてくる。

「弁慶さん、雪ですよ!」

望美は空中に両手を差し出した。
舞い降りた雪は掌にわずかに残った後、体温ですぐに溶けてしまう。

「望美さん、寒くはないですか?」

弁慶が問う。

「いいえ、全然平気です」

望美は答えたが、弁慶は素直に受けとらなかった。
望美の手に自分の手を重ねる。

「ああ、やっぱり冷えきっていますね。嘘はいけませんよ」

「は、はい」

望美は突然重ねられた手にドギマギしながら答えた。

「困ったな。手袋でも用意しておくべきでした。だから・・・」

ふわっと弁慶はコートを広げ、望美の身体ごと包み込んだ。
かすかにコートに残る弁慶の体温がじんわりと望美に伝わる。

「あ、あの、弁慶さん」

「コレで、我慢してくださいね」

にっこりと笑う弁慶。
しかし、この行為は望美にとって手を握られる以上に刺激的なものだった。
冷えた身体が緊張で熱をもってくる。

「私、本当に大丈夫ですから。なんか熱くなってきましたし」

望美はなんとかこの状況から逃れようと試みる。

「ダメですよ。僕だって寒いんです。
暖まったのなら、暖めてください。今度は君が」

微笑む弁慶に何も言えなくなった望美は、赤くなる顔を隠すため弁慶の胸に顔を埋めた。
そして、そっと呟いた。

「仕方のない人ですね。今日だけですよ」

望美はぎゅっと弁慶のベストを握り締めた。

「君は、いけない人ですね。
今日だけだなんて、君なしで僕はどうやって冬を越せと言うんですか」

そういいながらも弁慶はコートごと望美を抱きしめた。



<了>



初弁望。まさか、弁慶を書く日が来るとは思わなかった。
今まで彼は私の中で名脇役だったので、主役に来るとはね。
弁慶を書こうと思って、まず考え付いたのがコート。
「弁慶ならコートでしょ」と勝手な思い込みです。
江ノ島を舞台にしてますが、江ノ島に高台があるかは不明。
何故なら行ったことがないから。
よく分からないけど、想像上の産物ということで。