聖夜の約束




クリスマスを間近に控えた12月の後半、ヒノエと望美は街に買出しに出ていた。
店はそれぞれ趣向を凝らし飾り付けをしたり、クリスマスソングを流したりしているし、
民家も競ってイルミネーションを施している。
心なしか横を通り過ぎる人々までも、いつもより活気付いているようにさえ思える。
一年越しのクリスマスを迎えた望美は、新鮮な気持ちでそれらを眺めながら歩いていた。

「楽しそうだね、姫君」

隣にいるヒノエが声を掛ける。
その声に望美は元気よく応えた。

「うん!だって、久しぶりだし。何より今年はみんながいるしね。
今までで、一番のクリスマスになりそうだよ」

「みんな・・・ね」

ポツリとヒノエは不満を溢したが、望美にその言葉は届いていない。
もとより、聞かせる気はなかった。
望美が仲間を何より大切にしているのは知っているし、
今みたいに無邪気にはしゃぐ望美を目にして言えるわけもない。
しかし、みんなと一緒に過ごしたいという望美を他所に、八葉たち間では誰が
『クリスマス』という行事を望美と共に過ごすかという闘争が水面下で勃発していた。
もちろん、選ぶのは望美だ。
望美の決定を誰も否定できるものはいない。
でも、願わくば、聖なる夜を自分と共に・・・。
そう願う気持ちがヒノエの中にもあった。

「あ、サンタさんだ」

望美が歩みを止めてヒノエの袖を引っ張る。
視線を向けるとある店の前で赤い服を着て髭を生やした老人に扮した人物が、
客寄せのために風船を手にして立っている。
周りには子供たちが群がり、我先にと配られる風船へ手を延ばしていた。

「ふふっ、かわいいな。私も小さい時は信じていたなぁ」

望美は微笑ましそうにその光景を眺めていた。

「なんで、信じなくなったの?」

ヒノエは尋ねた。
望美は聞き返されたことに少し驚いたようだが、続けて話し出した。

「いつもプレゼントをくれるサンタさんにお礼が言いたくて、一晩中起きてたんだ。
そしたら、お父さんが入ってきてプレゼントを置いてったの。
私はそれに気付いて、大泣きしちゃって。お父さん凄く困った顔してた。
失礼な話だよね。お父さんは一生懸命プレゼントを用意したのに、
私はそれを『いらない!』って言っちゃった」

そして、望美は少しだけ寂しそうな顔をした。
ヒノエはそんな望美の頭を優しく撫でてやった。

「でも、望美はちゃんと気付いただろ。父上がお前のために一生懸命だってこと」

「うん。お父さんがくれたのは、可愛いぬいぐるみ。今もちゃんと大切にしてるんだよ」

そう言って、望美は照れ臭そうに笑った。

「ねぇ、ヒノエくん」

「うん?」

「こんな話聞いて楽しい?」

望美は心配そうにヒノエの顔を覗き込んだ。

「もちろん。望美のことなら何でも知っておきたいからね。
それに、知ってたかい?サンタクロースってもとは聖ニコラウスって人が語源になったっていわれてるんだ」

得意そうに話すヒノエ。
それを聞いて望美は溜息をついた。

「ヒノエくんって、何でも知ってるよね。クリスマスのことだって話す前に知ってたし。
こっちに長く住んでる私より、たくさんのこと知ってるじゃない」

「情報を集めるのは癖みたいなもんだからね」

「そうかもしれないけど、ちょっと残念だな」

「残念?」

「だって、向こうでお世話になった分、こっちでいっぱいお返ししたかったのに、
ヒノエくんったら何でも一人で出来ちゃうんだもん。
だから、ちょっとだけ・・・寂しいなって思って」

最後の方は呟くように言って、望美は俯いた。
ヒノエは望美の様子に嬉しそうに顔をほころばした。
望美が自分のことを想ってくれてる。そう確信できたから。

「望美、確かにオレは多くのことを知ってるかもしれないけど、
どうしても手に入らない情報があるんだ」

その言葉に望美はパッと顔を輝かす。

「本当?何、何?」

「それはね・・・」

ヒノエはナイショ話をするように望美の耳元へ口を近づけた。
そして、そっと囁く



「お前のことだよ」



ヒノエの言葉に望美はビックリして顔を振り向けた。
そして、少し後悔した。
ヒノエの真面目な表情を見て、胸を高鳴らせてしまったから。
自分の気持ちに気付いて頬が紅潮する。

「さっきみたいに望美が自分のことを話してくれると嬉しい。
オレはお前のすべてが知りたい。心も身体も、過去も未来も」

望美は真剣なその瞳を見つけ返すしか出来なかった。

「だから・・・」

次の言葉を言おうとして、ヒノエは少しためらった。
この言葉を言うと色々なものを裏切る気がする。
みんなと一緒にクリスマスを過ごしたいと言う望美。
望美と共にクリスマスを過ごしたいと思う八葉たち。
それでも、自分が望美と共に過ごしたいと想う気持ちが一番強いと思うから。

「来る聖なる夜は、オレと逢瀬を交わしてくれないか」



<了>



迷宮クリスマス前の話です。
当日のイベントの前にヒノエの申し出があったらいいなと思って書きました。
ここからイベントに繋がると嬉しいな。
どうもウチのサイトのヒノエは、望美の事となると余裕をなくすみたいです。
なので、今回はちょっと強めに。
最後の言葉も、望美が絶対断らないと確信してこそなんですよ。きっと。