祝福を共に




空はからりと晴れて、少し寒気を帯びた風が肌に心地いい。
この日も、九郎は梶原低の中庭で、剣術修行に励んでいた。
刀を振っていると、後ろから人の気配が近づいていることに気がつく。
カサリと落ち葉を踏みしめ歩み寄ってくるのは、

「望美!」

九郎は刀を振るのをやめて、やってきた望美を振り返った。
にこやかに向けた九郎之表情とは裏腹に、望美の表情は厳しかった。

「どうかしたのか?」

いつもの様子とは違う望美に、九郎は何かあったのかと心配になり尋ねた。
しかし、望美花にも答えない。

「望美?」

もう一度問う。
一呼吸置いて、望美は怒鳴った。

「どうして言ってくれなかったんですか!」

「何の話だ?」

九郎は話が見えずに怪訝そうな顔をする。

「誕生日の話です。さっき弁慶さんに聞きました。今日が誕生日なんでしょう?」

「たん・・・じょうび?ああ、そういえばそうだったな。
しかし、俺の誕生日などお前には関係ないだろう」

その言葉に望美は愕然とし、じっと九郎を見つめた。
しかし、それ以上何も反応がないと分かると悲しそうに微笑した。

「そう、ですよね。関係ないですよね。練習の邪魔をしてごめんなさい」

そう言って、望美は足早に去っていった。

「おい」

背中に声を掛けるが、望美は振り返らなかった。

「なんなんだ。アイツは」

望美がいなくなると、そう呟いて再び修行に戻った。

ブンッ

と空気を切って刀を振り下ろす。
だが、修行をしていても先ほどの望美の悲しそうな微笑みが頭をちらつく。

「なんなんだ。アイツは」

もう一度そう呟くと、九郎は刀を鞘に収め、ある人物の元へと向かった。



「・・・と言うわけなんだが、どう思う?」

九郎の目の前にいるのは同じ青龍の有川将臣である。
将臣は九郎の話を一通り聞くと、胡坐をかいたままガリガリと頭を掻いた。

「あー、そりゃぁ、お前がいけねぇよ」

「どこがどういけなかったんだ!」

九郎は前へ乗り出した。
自分が悪いと言われてつい語尾が強くなる。

「落ち着けよ。この世界じゃ正月にみんな歳をとるから個人の誕生日なんて関係ねぇんだろうけど、
俺たちの世界では個人の誕生日こそが重要なんだよ」

「そうなのか?」

「特に恋人同士なら余計だな。お前ら付き合ってるんだろ」

恋人という言葉に九郎は真っ赤に顔を染めた。
誰にも公言していないはずだが、何故ばれたのだろう。
九郎の反応に、将臣は小さく溜息をついた。
どうやら、たった一人の幼馴染は自分の元から飛び立っていったらしい。

「きっとお前の誕生日を祝ってやりたかったんだよ、望美は」

「・・・・」

九郎はしばらく黙っていたが、やがてすっくと立ち上がると、部屋の外に向かって歩き出した。

「どこに行くんだ?」

「望美のところに、決まってる!」

「九郎」

「なんだ!」

早く望美の所へ行きたいのに何度も将臣に止められて、イライラしながら振り返る。
だが、将臣の口から出た言葉は意外なものだった。

「望美のこと、泣かすなよ」

「何言って・・・」

るんだ?と言いかけて、九郎は気付いた。

(そうか、将臣も望美のことを)

自分よりずっと長く共に過ごしてきたのだ。
大切にしてきた幼馴染を自分が横取りしてしまったことに九郎は初めて気付いた。

「将臣、その・・・」

「いい、何も言うな。望美は多分自分の部屋だ。さっき入るとこを見た。さっさと行け」

シッシッと手を振る将臣に、九郎は微笑むと、

「感謝する」

そう言って、望美の元へと向かったのだった。



「九郎さんのバカ」

望美は自室で、そう呟きながら寝転がっていた。
折角恋人同士になれたというのに、関係ないと言われへこんでいたのだ。
もちろん、それは誕生日に限ってのことだと分かっている。
この世界のしきたりも知っている。
個人の誕生日など、それほど重要なものではないのかも知れない。
それでも、

(一緒に過ごしたかったな)

生まれて初めてできた恋人の生まれてきた日を精一杯祝ってやりたかった。
考えていると、だんだん目に涙が浮かんでくる。
それが流れ出す前にガバッと勢いよく起き上がり、ブンブンと首を振る。

「辛気臭いのはやめやめ!明るく振舞わなきゃ」

そう決心すると、ギシギシと床を鳴らして誰かが近づいてくる気配がする。
やがて現れたのは九郎だった。

「望美、ちょっといいか?」

「九郎さん」

いきなりの九郎の出現に驚いたものの、さっき決意したとおり、にっこりと笑って招き入れた。

「はい、どうぞ」

「失礼する」

九郎は部屋に入ると、望美の前に座った。
しかし、座っただけで話そうとはしない。
しばし沈黙の時間が流れる。

「あの・・・」

痺れを切らして望美が声を掛けると、

「さっきはすまなかった」

九郎は、頭を下げた。

「ちょっと、どうしたんですか?」

ものすごい勢いで謝られて、望美は慌てた。

「お前たちの世界で誕生日というものがどういうものか知らなかったんだ。
なのに、あんな言い方をしてしまってすまなかった」

「もういいですよ。私のほうこそ、誕生日に怒ったりしてごめんなさい。
ちゃんと聞いとけばよかったんです」

「だが・・・」

「そうだ!今から外に出かけませんか?
急だったから何も贈り物なんて用意できなかったけど、食べ物くらいなら奢りますよ」

にっこりと微笑む望美に、九郎は胸が熱く脈打つのを感じた。

「いや、贈り物ならもう貰った」

「え?私、何かあげました?」

「ああ、お前という存在こそが何よりの贈り物だ」

微笑む九郎に、望美はうっすらと頬を染めた。
普段、九郎からそういう台詞を言われなれていないので、真面目に言われると少し恥ずかしく感じる。

「でも、そうだな。何かくれるというなら、ちょっと目を閉じてくれないか」

「こう、ですか?」

「そうだ。絶対開けるなよ」

瞼を閉じた望美に九郎はゆっくりと顔を近づけ、その唇に口付けた。
離すと、驚いて目を開けた望美と視線がぶつかる。
慌てて視線をずらすと、二人そろって顔を赤く染めた。
九郎は望美が気になりそっと視線を横に移す。
そして、同じように視線をこちらに向けた望美と再び目が合った。
互いに気恥ずかしそうに微笑む。

「九郎さん、お誕生日おめでとうございます」

「大分日が過ぎてしまったが、今日は誕生日だ。その、一緒に過ごさないか」

「はい。離れろって言ったって離れませんからね」

そう言って望美は九郎に寄り添った。



<了>



とうわけで、九郎さん誕生日おめでとう!
八葉一シャイな彼はどうするべきかななり悩みました。
キスをすべき?しないべき?
でも、誕生日だから少しぐらいハメを外してもいいじゃないかとこんな感じで。
間に合わすために急いで書いたからちょっと文がおかしかったりするかも。
でも、何とか間に合った!