秋の百夜




道中、ヒノエはここ数日自分に向けられる視線に気が付いていた。
背後を除き見れば望美の姿がある。
視線は望美からのものだった。
じっと背中を見つめている時もあれば、何か言いたげに口を開くこともある。
手を伸ばそうとしたこともあったようだが、結局は断念して手を下ろすこともしばしば。
これまで数多くの女性と付き合ってきたヒノエにとって、女性の心を見抜くのは得意だったはずだが、
今回の望美の行動はさっぱり訳がわからなかった。
そんな日が続いて数日、本日の宿でヒノエは月見でもしながら酒を飲もうと、一人回廊を歩いていた。
すると背後からまたしても望美の気配が近づいてくる。
ヒノエは気づいていながらも、ワザと気づかないフリをしてそのまま進んだ。
その時、上着の袖をくんっと軽く引っ張られた。

「何?姫君。オレに何か言いたいことでもあるの?」

「え?あっ、私何して」

望美は自分がヒノエの袖を持っていることに気づくと慌てて手を離した。

(無意識かよ)

ヒノエは苦笑した。
女性のする行動が何を意味するか分からないことなど初めてである。
しかも、本人も無自覚とくればなおさらだ。

「ま、座りなよ」

ヒノエは持っていた酒瓶を置いて回廊に座り込んだ。
望美も促されて隣に座る。
そしてヒノエの杯に酒を注いでやった。

「ありがと」

杯に視線を落とせば、まだ満月とは言えない少しだけ小太りの月が酒の中に浮かんでいる。
風に煽られて波打つ水面と一緒に月も揺れていた。
ヒノエは口元まで杯を持っていったが、結局は飲まずに手を元の位置に戻してしまった。
そのまま視線を杯から話さず、望美に尋ねた。

「あのさ、オレわからないんだけど。望美はオレに言いたいこととか、して欲しいこととかあるんじゃないの?」

「どうして?」

「だってさ、ここ数日オレのことずっと見てるし、今日だってオレのことこうして引き止めただろ」

それを聞いて、望美は顔を赤らめて俯いた。

「気づいてたんだ」

「まぁね。ねぇ、望美」

ヒノエは体制を変えて、まっすぐに望美を見た。

「欲しいものがあるなら何でも与えてやるし、望むものがあるなら何でも叶えてやる。
だから、言いたいことがあるなら、ちゃんと言って欲しい。
嫌なんだ。傍にいるのにわかってあげられないこと」

「ごめんなさい、ヒノエ君」

望美はしゅんと肩を落とした。

「別に責めてるわけじゃないよ。ただちゃんと望美の口から聞きたいんだ」

「あ、あの・・・でも」

口ごもる望美にヒノエはやり方を変えてみることにした。

「言わなきゃ、強硬手段に出るけどいい?例えば体に聞いてみるとか」

そう言うと、ヒノエは一気に望美との距離を詰めた。
望美は体を反らせて避けると、顔を真っ赤にして叫んだ。

「わかった、わかったから。そんなにいきなり近づかないで!」

「それは残念」

そう言いながらもヒノエは素直に離れてくれた。
いきなりの急接近に驚きながらも、離れてくれたことに望美はホッとした。
しかし、少なからず望美も残念と思っている部分もあった。
それは、

「聞いても嫌にならないでね」

「オレが望美を嫌になる?そんなこと絶対ないから安心しろよ」

「女の子からこんなこと言うのってどうかと思うんだけど、私ね、ヒノエ君に触れたいの」

「え?」

「だって、秋って何か物静かだし、人肌が恋しいっていうか・・・。
ごめんなさい!今のナシ!!やっぱり忘れて」

ヒノエの反応に我に返った望美は耳まで赤くしながら、ブンブンと手を前で降って否定した。

「何でさ、望美にそう言ってもらえてオレは嬉しいんだけど」

「本当?」

「本当。さぁ、どこからでもどうぞ」

ヒノエは脇の方に杯を置いて、無防備を示すように両手を広げて見せた。

「あの、どこからでもどうぞと言われても」

「オレは望美のものだよ。だから望美はどこだって触っていいんだ」

ヒノエの様子にしばらく戸惑っていた望美だが、やがてそろそろと日を延ばしてヒノエの二の腕に触れた。
細いが、引き締まった肉体を上着越しに感じる。
すると急に男の人の体に触れているんだという実感が襲ってきて望美はパッと手を離した。

「ありがとう、もういいですっ」

「逃がさないよ、姫君」

離れた腕をすかさず捕らえ、ぐいっと自分に引き寄せて抱きとめた。

「望美はあれで満足なの?悪いけど、オレにはまだまだ不十分だね」

「ヒノエ君!?」

「好きな女には全身で触れたいし感じたい。
そしてその人にもオレを全身で触れて欲しいし感じて欲しい。
オレはそう思うんだけど、望美は違う?」

「・・・・っ」

今ヒノエの腕の中にいる望美にはヒノエの全てが伝わってくる。
筋肉質は胸や、温かい温もり。
そして、ヒノエの生きている証でもある心音。
肌で、耳で、望美の全てでヒノエを感じている。
今この状態を望美はとても心地よいと思った。

「ううん。私もそう・・・思うよ」

赤い顔を見られたくなくて、顔は上げずにきゅうぅとヒノエの衣を握り締める。
その可愛らしい仕草に、ヒノエは愛しさを覚えてまた抱きしめる腕により力を込めた。
仲睦まじい秋の恋人たちを空と、杯の中の二つの月が照らしていた。



<了>



季節は秋ってコトで、静かな感じにしてみました。
百夜は『ももよ』とよみます。秋の夜は長いよーって意味です。
キリリクが「ヒノエと望美のほのぼの幸せ物語」だったので、
ほのぼの=ピュアという勝手な発想で、今回はハグ止まりです。
こんなのでキリリクに答えられてるのかいささか不安ですが・・・。

今回製作中にウイルス感染でダウンしてしまい、いろいろな意味で思い出の残る話です。
検査したけど、何のウイルスなのか分からない。
現在は回復してます。

それでは444hitを踏んでくださった、彩香様に
葉月から心からの感謝と愛を込めて・・・。