送心返心




(知盛、まだ起きてないよね)

カチャリというわずかな錠の開いた音にさえビクビクとする。
今朝、望美は現代の知盛の住まいであるとあるマンションへと足を運んでいた。
中に入ると廊下を進み、知盛がいるはずであろう寝室のドアをソロッと開け、中の様子を探る。
すると、ベッドの上に寝息を立てている知盛の姿が目に入った。
望美はほっと一息つくと、音を立てないよう慎重に近寄っていった。

(ホントよく眠るよね)

上から知盛の寝顔を覗き込みながらしみじみと思う。
時空を超えた熊野でもそうだったが、知盛は本当によく眠る。
それは現代に来てからも同じで、望美がいないときはほとんど寝ているのではないかというくらいの睡眠時間だ。
現在の時刻は朝の7時半。
そろそろ起き出してもいい時刻である。
望美は知盛を起こそうとして手を延ばしたが、一瞬考えた後やめることにした。
今ここで知盛を起こしてしまえば、後々何かと支障が出る気がする。
本日望美が朝から知盛のところへやってきたのはある理由があったからだ。
事はすぐ終わる。
わざわざ寝ている狼を起こすこともないだろう。
そう考えると望美は鞄をゴソゴソとあさり始めた。
そして目当てのものを取り出すと、そっとそれを知盛の枕元に置いた。
なんだか季節はずれのサンタクロースにでもなった気分だ。
しかし、寝ているのは子供ではないし、ましてやよい子とはとても言えない人物である。
望美はサラッと知盛の前髪を書き上げると、額にキスを落とした。

「happy birthday 知盛」

そっと耳元で囁くと、望美は部屋から去るべく踵を返そうとした。
その時、ぐいっと腕をつかまれ望美は一瞬のうちにベッドに横たわっていた。

「知盛!」

気づくと目の前には、完全に目を覚ましている知盛の姿がある。
望美は目を瞬かせて尋ねた。

「いつから起きてたの!?」

「さて、な」

知盛は妖艶な笑みを浮かべるだけだった。

「それにしても、寝込みを襲うとは、なかなか卑怯な手を使うじゃないか」

「襲っ!ち、ちがっ」

望美は慌てて否定したが、知盛は全く聞いていなかった。

「そこまで神子殿にさせたのだ。こちらも、それなりに期待に答えねば・・・な」

知盛が望美の指に自分の指を絡ませる。
その触れ方があまりに優しくて、望美の胸は高鳴った。
知盛の顔が近づいてくる。
望美は同意の証にスッと瞼を閉じた。

が、いくら待てども予想していた物が触れてこない。
恐る恐る瞼を開ければ、意地悪そうに笑う知盛の顔が目に入った。

「目など閉じて、口付けなどされると思ったのか」

クッと知盛が笑う。
ここにきて望美はようやく図られたのだと気づいた。
顔を真っ赤にして怒る。

「そんなわけないでしょ!ちょっとどいてよ!!」

望美は無理やり知盛を押しのけると、さっさとドアに向かった。

「知盛のバカ!もう絶対『誕生日おめでとう』とか言ってあげないんだから!」

べーっと下を出し、捨て台詞を吐くと、望美はバタンとドアを乱暴に閉めて出て行ってしまった。
後に残された知盛は、クックッと笑って見送った。
望美は必ず帰ってくる。
それが分かっているからこその余裕の行動だった。

「まったく、性急な神子殿で」

ギシッと音を立ててベッドに手を付くと、コツンと何かが指先に当たった。
見ると先ほど望美が置いていったプレゼントがある。
綺麗に包装されていて、紫色のリボンが付けてある。
中を開けてみれば、知盛好みのアクセサリーと小さな紙切れが一枚。

『をみなへし 佐紀沢(さきさは)に生(お)ふる 花かつみ 
                かつても知らぬ 恋もするかも』

意味は簡単に訳すと『こんな恋を、するなんて……』というところだろうか。
読み終えると知盛は微笑んだ。
それはいつものような方唇だけを上げるような笑ではなく、本当に嬉しい時に人が見せるものだった。

「これは、3倍返しだな」

そう呟くと、知盛は望美が再びこの部屋を訪れるまで二度寝するべく、再びベッドに横になった。



数十分後、望美はバツの悪そうな顔をして知盛の部屋へと帰ってきた。

(私ってバカ)

部屋から出る際、鞄を持って出るのを忘れたのだ。
これでは家にも帰れない。
かといってすぐに取りに帰るのも癪に障るので、今までブラブラと散歩をしていたのだが、
いつまでもそうしていられないので仕方なく帰ってきたのだ。

(寝ていますように)

わずかな願望を胸に、そっとドアを開ける。
何故一日に二度も人のうちに忍び込まなければならないのかと、疑問さえ浮かんでくる状況だ。
しかし、偶然は重なるもの(そう思っているのは望美だけ)
知盛は先程と同様、まだベッドに寝ていた。

(絶対二度寝したわね)

望美は知盛に近寄った。
すると先程とは違う状況に気がついた。
知盛の首にさっきまではなかったネックレスがしてあったのだ。
望美は思わず微笑んだ。
これは望美が誕生日プレゼント用においていったものだった。

(気づいてくれたんだ)

それもちゃんと付けてくれていることに望美は嬉しさが込み上げた。
それを確認すると、今度こそ鞄を取るために望美は踵を返した。
すると、腕をつかまれ気づくと望美は再びベッドに横になっていた。
二度目の失敗に望美は落胆した。

「待っていたぜ。神子殿」

そう言って知盛は望美の手に指を滑らせ絡めた。
先程と同じ展開に、望美の心はいたって冷静だった。
そして、同じように知盛の顔が近づいてくる。

(どうせ、からかうんでしょ)

そう決め付けていた望美だが、今度は本当に口付けられた。
驚きながらも熱い口付けに吐息が漏れる。

「・・・どうして?」

潤んだ目で見つめれば、知盛はチャリッとネックレスを指に引っ掛けて示した。

「これの、礼をしなければ、と思ってな」

(知盛が礼?)

望美は目を丸くした。

「それと、文の返事を」

そう言って、知盛は一首の和歌を詠んだ。

「『上(かみ)つ毛野 安蘇(あそ)のま麻(そ)むら かき抱(むだ)き 
                 寝(ぬ)れど飽(あ)かぬを あどか我(あ)がせむ』」

自分の必死に探した和歌を理解してくれたのは分かったが、
まさか返歌が来るとは思わなかった望美はその意味がさっぱり分からなかった。

「意味は?」

「自分で調べろ」

そう知盛は切り捨てた。
望美は眉をひそめたものの、どこか知盛が嬉しそうなのでつられて微笑んだ。
折角の記念日だ、いつまでもヘソを曲げることもないだろう。

「誕生日おめでとう。知盛」

「ああ」

そうして、再び二人は熱い口付けを交し合った。



後日、知盛の部屋には血相を変えて飛び込んでくる望美の姿があった。

「知盛!この間の和歌のことだけど」

「わかったか?」

さらりと聞く知盛に、望美は顔を真っ赤にして叫んだ。

「私は真面目に書いたのに、何だってあんなの!」

「オレも本気だ」

大真面目に答える知盛の言葉に二の句が告げない望美は、悔しそうに知盛を睨みつけるのだった。



<了>



知盛誕生日ssです。
本当は知盛と重衡を合わせて書きたかったんですけど、
重衡を普段書きなれてないため結局知盛オンリーになってしまいました。
今回の和歌は全て万葉集から引用したものです。
気になる作中の和歌の訳ですが、
『どんなにオマエを抱いても抱きたりない。こんなオレは、どうすればいい?』ってことらしいです。
正式な反歌ではありません。勝手に私が当てはめただけです。
訳は藤乃そら様の「そらの見える場所」から引用させていただきました。
この場を借りて、ありがとうございました。
現代に合わせて訳しているので、結構楽しめると思いますよ。
若干暗い面もありますが・・・。