桜紅葉+α




「い、行く!もちろん行くよ!」

望美のこの一言にヒノエはホッと一息ついた。
ここは、秋の京。
平惟盛の戦略によって京の都に隠された呪詛の人形を探すため、望美たち一行は京邸へと身を寄せていた。
本日は日頃の疲れを取るために設けられた貴重な休日である。
この休みを利用してヒノエはある決意をしていた。
望美を誘い出す上で一番の難関は、修行好きの望美をどうやって連れ出すか、である。
自分の誘いを受けてくれるだろうか。
ヒノエは内心不安でドキドキしていた。
しかし、迷っていたものの望美は出掛けることを承知してくれた。
まずは第一段階完了というところだろう。
後は、その後の雰囲気と自分次第である。



「おや?何処かに出かけるんですか?」

望美を誘ったあと、準備をしようと部屋に戻ると、そこにはあの嫌味な叔父が既に居座っていた。
何か書物を読んでいたようだが、入ってきたヒノエの気配に顔を上げる。
無視して準備をしていたヒノエだが、向こうから話しかけてきたので仕方なく顔を向けずに生返事だけを返した。

「まぁな」

誰ととは言わない。
言ったら何を言われるか大体の想像はつく。が、

「その様子だと望美さんとですね」

あっさり言い当てられて、驚いて思わず顔を向けてしまった。
しまったと思ったときには既に遅し。

「何でわかった?」

「ふふっ、君との付き合いは長いですからね。そうですか。ついに告白を、ねぇ。ご愁傷様です。」

ちゃんとヒノエの目的まで見破っている。
ヒノエは頬をピクピク痙攣させながら、弁慶を睨みつけた。

「なぁにが『ご愁傷様』なんだよ」

「叔父としての親切ですよ。可愛い甥が傷つくのを見たくないですからね」

要するに玉砕すると言いたいのだ。

「悪いけど、あんたの思い通りにはならねぇぜ。望美はオレの誘いを受けたんだ。十分脈ありだろ」

「誘いを受けただけで脈あり?ただ、外出したかっただけかもしれませんよ」

「うるせぇ!とにかく、オレは今日決めてくるんだ!」

増えに増えたライバルたち。
幼馴染から敵の将まで、バリエーションも様々だ。
ここらで一発決めておかないと、誰に持っていかれるかわからない。
それに、ヒノエが今日告白しようと決めたのはもう一つ理由があった。

(どうも、オレは望美に信用されてない気がする)

これが常にヒノエの頭にある考えだった。
それは八葉としてではなく、男として。
昔の自分を省みれば、仕方がないのかもしれない。
しかし、自分は望美を出会って変わった。
他の女など目に留まらぬほどヒノエは望美に惚れている。
ちゃんと望美の事を好きなのだと、それだけでも知って欲しかった。
確かに、弁慶の言うとおり今日は玉砕するかもしれない。
でも、明日は?明後日は?
やってみないとわからない。
次に可能性を繋げるためにも、今日想いを伝えて自分の誠意を知ってもらうのだ。

「まぁ、頑張ってきなさい」

思いつめた表情をするヒノエに弁慶は立ち上がって肩をポンと叩いた。
意外な行動にヒノエは固まった。

「何だよ。あんたも望美が好きなんじゃなかったのか?絶対止めるかと思ったぜ」

「折角恋敵が減る機会をわざわざ自分から壊したりしませんよ。しっかり玉砕してきてください」

「テッメェ、絶対先に言っときゃよかったって後悔させてやるからな。とにかく行ってくる」

そう言ってヒノエはこの場を後にしたのだった。
後に残された弁慶を天井を仰ぎ見た。

「見くびられては困ります。彼女が好きだからこそ君を行かせるんです。
彼女を幸せに出来るのは僕じゃない。彼女が好きなのは・・・」

弁慶は瞳を閉じた。
何故求められたのが自分ではなかったのかとそればかり思う。
それでも、彼女が幸せなら・・・。
弁慶は瞳を開けると、再び読みかけの書物に目を通し始めた。



待ち合わせ場所の門に着くと望美の姿はまだなかった。

(アイツのせいで遅くなったと思ったけど、望美はまだか)

いなくてよかったのか、残念だったのか不思議な感覚がヒノエを襲う。
だが、女性の準備は時間が掛かるものだと経験から知っているヒノエは焦りはしなかった。
壁に背中を預けて待っていると、やがて望美が小走りにやってきた。
ヒノエは望美の姿を捕らえると、思わず息を呑んだ。
薄紫色の小袖に、髪には簪をつけて。
いつもの戦装束を身にまとった凛々しい神子から、お洒落をして可愛らしい少女へと変貌した望美の姿が瞳に移る。

「ごめんなさい、ヒノエくん。遅くなっちゃった」

息咳切って走ってくる望美をヒノエはうっとりと見つめていた。

「いいよ、オレも今来たところだし。それより、その姿可愛いね」

そう声を掛けると望美はポッと頬を染めた。
その様子にヒノエに「もしかして」という期待が生まれる。
好きな人のために精一杯のお洒落をするのは人としての常。
現にヒノエだって、それなりに気を使って身なりを整えてきた。
ひょっとして望美も自分に見せるためにこの衣装を整えてきたのだとしたら?
そう考えると溜まらずヒノエは聞いてしまった。

「もしかして、オレのために・・・とか?」

(ま、仮にそうだとしても望美が素直に言うわけはないと思うけどね)

分かっているけど、つい聞いてしまった。
返答は分かっている。
どうせ、「そんなんじゃない」とか否定的な言葉が返ってくるのだろうとヒノエは予想していた。
しかし、そんな答えは一向に返ってこない。
ちらと顔を覗き見れば、望美は真っ赤な顔をしている。

トクン

ヒノエの中で何かが跳ねた。

(もしかして、自惚れてもいいのか?)

望美も自分のことを好いてくれているのではないかと。
そう思うとつられてヒノエも顔が赤くなるのを感じた。
それを悟られないように、手で口元を覆う。

「ヒノエ君?」

ヒノエの不振な行動に気付いたのか、望美が声を掛けてきた。

「ん?あぁ、じゃあ行こうか」

「?」

(絶対変に思われたな)

望美の怪訝そうな表情を見れば分かる。
自分を赤くさせる女なんて、後にも先にも望美だけだろう。
そして、ようやく二人は出発したのだった。



「それで、今日はどこに連れて行ってくれるの?」

京邸を出発してしばらく経ったころ、全く行き先を聞いていない望美はヒノエに尋ねた。
興味津々という子供のような表情に、ヒノエは吹き出しそうになるのをこらえながら答えてやった。

「着いてからのお楽しみ、と言いたいところなんだけど、今回は教えてあげるよ。
目的地は下鴨神社。春に桜を見に行ったの覚えているかい?」

「もちろん、覚えてるよ。桜の花びらが絨毯みたいですごく綺麗だったよね」

「今日はそこで桜紅葉を見ようと思って」

「さくらもみじ?」

「そう。桜は春に花を愛でるものって思ってるだろ。でもな、秋の紅葉した葉も結構綺麗なんだぜ。
京は紅葉の都だし、紅葉した桜ってのも気に入ると思うよ」

「へぇ、すごく楽しみだな」

口元で指を絡めて想像を膨らます。
そんな望美を横目で見ながらヒノエは呟いた。

「オレは、桜より姫君を愛でていたいけどね」

ぽつりと言ったヒノエの言葉は望美の耳には届かなかった。



秋の下鴨神社の光景は望美の想像を超えるものだったらしく、望美は感嘆の声を上げた。

「うっわぁ」

赤・黄色・橙、色様々に紅葉した桜が望美たちを迎えてくれる。
春の桜色一色の光景とはまた違った素晴らしさだ。
望美は逸る気持ちを抑えきれずにタタッと駆けると、くるりと一周見回した。

「すごい!すごいよ、ヒノエ君!」

はしゃぐ望美にヒノエは目を細めた。
喜んでもらえたことが嬉しくて、胸がいっぱいになる。
今日、ここに連れてきてよかったとヒノエは思った。

「ありがとう、ヒノエ君。こんなにいいもの見せてくれて」

くるりと振り向いて向けられた笑顔は、夕日の光を受けて輝いているように見えた。
先ほどまでの少女のような可愛らしさではない。
夕日色に染まった顔は、大人の女性の艶っぽさを秘めていた。

トクン

ヒノエの心がまた跳ねた。

(その表情は反則だ)

望美に触れたい。本気でそう思った。
動揺する気持ちを抑え、ヒノエは何とか「お気に召されたなら、何よりだ」といつものように答えた。
そこから、望美に追いついたヒノエと望美は並んで歩いた。
サクサクと既に落葉した落ち葉の踏まれる音が耳に心地いい。
日は既に傾きかけていた。
薄く橙色に染まる空と、紅葉した葉のコントラストが一層秋の絶景を引き立てている。
肩を並べて歩きながら、ヒノエは望美のことを考えていた。

異世界から舞い降りた少女。
近づいたのは興味からだった。
しかし、共に時間を過ごすに連れて、彼女の心の強さを知り、次第に惹かれていった。
本気で好きだと気付いた時には正直驚いた。
今までこんなに一人の女性を欲しいと思ったことはなかったから。
彼女をこの地に留めておきたい。自分にはその力も自信もある。
あとは、望美の気持ち次第だ。
だから今日、伝えよう。
他のライバルたちを牽制するためにも、言わねばならない。
初めて本気で手に入れたいと思った女を、他の男に横取りされたのではたまらない。

(せめて、気持ちだけでも伝えよう)

ヒノエはぐっと拳に力を込めた。
しかし、ヒノエは一瞬出遅れた。

「ヒノエ君」

先に望美が声を掛けてきたのだった。

「何?」

ヒノエは望美を振り向いた。

「あのね、私・・・」

望美が何かを言おうとした時、一陣の風が吹き荒れた。
落ち葉が舞い、二人に襲い掛かる。

「きゃっ」

顔を覆う望美を、反射的にヒノエは庇った。

「うわっ、ビックリした。もう、急に何だったの!」

「大丈夫だったかい?望美」

俯いている望美にヒノエは声を掛けた。
その声に顔を上げた望美はヒノエを見てクスリと笑った。

「ヒノエ君、髪に葉っぱが付いてるよ。取ってあげる」

その事実にヒノエは愕然とした。
出遅れといい、さっきの風といい、どうもタイミングがずれている気がする。
おまけに葉っぱが付いてるときた。
こんな醜態をさらしてはとても告白どころではない。

「悪い」

ヒノエは半ば脱力して、少しだけ屈んだ。
望美と自分の身長差ならこの程度で十分だろう。

「ヒノエ君。もう少しだけ屈んで」

「え?」

「いいから!」

もう十分手の届く位置まで屈んでいるはずなのに。
望美の言葉に疑問を持ちながらも、ヒノエはさらに屈んだ。
次の瞬間、頬に柔らかい感触があった。
それは一瞬の出来事で、何があったのか分かるのに時間が掛かったが、
望美の表情にヒノエは何が起こったのか正確に理解した。

「望美?」

後ろを向いてしまった望美に声を掛ける。

「こっち見ないで!」

強く牽制しているが、赤く染まった耳までは隠しきれていない。

(本当に、オレのことを・・・)

先まで不安定だったものが、ついに確信に変わる。
ヒノエは自然に頬が緩むのを抑えることが出来なかった。
そして、ふわりと後ろから望美を抱きしめる。

「ヒノエ君!?」

「望美にも、落ち葉が付いてる。ほら、ここに」

ヒノエは後ろから落ち葉のように赤い望美の頬に口付けた。
驚いて振り返った望美にヒノエはペロッと舌を出した。

「望美が悪いんだぜ。オレがしようとしていたことを先にしちゃうんだからさ」

「先に・・・って、ええ!?」

望美は目を白黒させた。

(先に触れてきたのは望美からだからね。まさか、口付けされるとは思わなかったけど)

「ヒノエ君、私のこと・・・」

ヒノエは望美の言わんとしていることに気付いて、その先を言わないように、唇を人差し指で塞いだ。

「ダメだよ、望美。そこから先はオレが言うんだから」

そう言うとヒノエは望美を抱き寄せ、耳元で囁いた。

「好きだよ、姫君。どの世界の誰よりも」

顔を望美に戻すと、その瞳には涙が浮かんでいた。
そして、ぎこちなく望美腕がヒノエに回される。

「私も好き。ヒノエ君が大好き」

望美の言葉がヒノエの心に染み渡る。
望むものを手に入れられた喜びと、幸せがヒノエの心を満たす。
ヒノエはあふれ出る想いを止めることができなかった。

「うん。だから、少しだけ目を閉じて」

ヒノエの声に望美はゆっくりと瞳を閉じた。
やがて、唇が重なる。
抱き合う恋人たちを、桜たちが祝福するように葉を揺らした。



「おかえりなさい、ヒノエ。少し遅かったですね」

今日邸に帰ると、部屋にはまだ弁慶がいた。
だが、ヒノエは気にならなかった。
それほど今のヒノエは満たされていたのだ。

「何か、嬉しいことでもありましたか」

「ああ。言っとくけど、やっぱりあんたの思い通りにはならなかったぜ」

その言葉に、弁慶は小さく息をついた。
ヒノエの告白が成功したことには彼が部屋に入ってきた時から分かっていた。
もとい、きっと成功するだろうとは分かっていた。
好きだからこそ、相手の想い人が分かるというのも考え物である。
悟られないように、弁慶はそれとなく話題を変えようとした。

「そのようですね。それで、その手に持っているものは何です?」

弁慶はヒノエの手に握られていた物に目をやった。
ヒノエが持っていたのは紅葉した桜の葉。
望美が落ち葉を懐に入れるのを見て、ヒノエも同じように一枚持って帰ってきたのだ。

「今日の思い出、だよ」

くるくると茎を持って落ち葉を回すと、赤く紅葉した葉と望美の頬を染めた表情が重なる。
大事な大事な今日の想い出。
二人を繋ぐ、赤い糸。



<了>



ヒノエsideいかがだったでしょうか?
今回は+αで「一つで2度美味しい」をテーマにしてみました。
ちょっと弁慶の悲恋物な感じになってしまいましたが、これで望美sideの不可解な部分も解けたかと思います。