桜紅葉




「望美、今からオレと出掛けないか?」

今日はヒノエのそんな一言から始まった。
ここは、秋の京。
平惟盛の戦略によって京の都に隠された呪詛の人形を探すため、望美たち一行は京邸へと身を寄せていた。
本日は日頃の疲れを取るために設けられた貴重な休日である。
庭で剣の修行をしていた望美は、ヒノエに声を掛けられ思い悩んだ。

(剣の修行もしたいし、ヒノエ君と遊びにも行きたいな)

考えていると、ふと前にもこんなことがあったのを思い出す。
あの時はヒノエとの掛けに負けて付いていくことになったのだが、

(ヒノエ君と出掛けて、外れたことってないんだよね)

思い起こせば、ヒノエとの思い出は楽しいことばかり。
ヒノエはいつも望美に最高のものを見せてくれる。

(きっと今日も素敵なところに連れてってくれるんだろうな)

かすかな期待が高まる。

(それに・・・)

トクンと望美の心臓が跳ねる。
春に出会って今日まで、密かに胸の奥で育んできた想いに望美は気づいていた。
こうして対峙しているだけで、頬が熱くなっているのがわかる。
自分はいつの間にこんなにこの人を好きになってしまったのだろう。
正確な時間なんてわからない。
望美にとってそんなことはどうでもよかった。
大切なのは今自分がヒノエを好きだという事実。
考え込んでいると、押し黙ってしまった望美が気になったのかヒノエが顔を覗き込んでもう一度尋ねた。

「望美、行くの?行かないの?」

いきなり視界にヒノエの顔が現れて望美は驚いた。

「い、行く!もちろん行くよ!」

そのせいでわずかに声が強くなってしまった。
しかし、ヒノエはそんなことには気づかず、にっこりと微笑むと、

「じゃ、決まり!準備が出来次第、門の前に集合な」

それだけ言うと、さっそうと去っていった。



(ど、どど、どうしよう・・・)

ヒノエと別れた後、望美はいささか混乱していた。

(ヒノエ君と二人でお出掛け。つまりコレってデートだよね)

今まで男の子と出掛けるなんて、将臣と譲以外したことない。
もちろん彼らは幼馴染で対象外だし、春の時は好きなんて気持ちは無自覚だったので深く考えたことなどなかった。
しかし、今度は状況が違う。
今はちゃんと自分の気持ちを自覚している。だから、戸惑うのだ。

「髪!服!もぅ、こっちの流行とか全然わからないよ」

ガサガサと長持をあさってみるものの、これといっていい考えが浮かばない。
そんな折、ちょうど朔が現れた。

「望美、何をしているの?」

「朔〜」

望美はこれぞ神の助けとばかりに、朔に泣きついた。
事情を聞いた朔は、ふっと笑みを溢すと妹をあやすように優しく言った。

「しょうがないわね。私が手伝ってあげるわ」

こうして、なんとか仕度を整えた望美は急いでヒノエの元へと急いだのだった。
しかし、意外と時間が掛かってしまい、大分ヒノエを待たしてしまっていた。

「ごめんなさい、ヒノエくん。遅くなっちゃった」

息咳切って走ってくる望美をヒノエは咎めなかった。

「いいよ、オレも今来たところだし。それより、その姿可愛いね」

ヒノエは望美の姿を見て言った。
朔に手伝ってもらったおかげで、望美はいつもの戦装束からお出掛け用に綺麗に整えられていた。
薄紫色の小袖に、髪には簪をつけて、精一杯のお洒落をしてきたつもりだ。
別に褒められようと思ってしたわけではないが、気づいてもらえるとそれだけで嬉しい。
手間を掛けた甲斐があったというものだ。

「もしかして、オレのために・・・とか?」

ヒノエの言葉に望美はドキリとした。
見事に見破られて顔がかあぁと熱くなる。
ここは素直に「うん」と言うべきだろうか。それとも「違う」と言うべきだろうか。
素直に言うのも恥ずかしいし、否定して嘘をつくのも嫌だった。
結局、望美は何も言わずに時間だけが過ぎた。
何も言わない望美にヒノエは絶対おかしいと気付いただろう。
そう思った望美がちらりとヒノエを見ると、ヒノエは口元を隠していて表情は読めない。

「ヒノエ君?」

「ん?あぁ、じゃあ行こうか」

「?」

いつもと様子が違って心ここにあらずのヒノエに疑問が残るものの、ようやく二人は出発したのだった。



「それで、今日はどこに連れて行ってくれるの?」

京邸を出発してしばらく経ったころ、全く行き先を聞いていない望美はさすがに不安になってヒノエに尋ねた。

「着いてからのお楽しみ、と言いたいところなんだけど、今回は教えてあげるよ。
目的地は下鴨神社。春に桜を見に行ったの覚えているかい?」

「もちろん、覚えてるよ。桜の花びらが絨毯みたいですごく綺麗だったよね」

「今日はそこで桜紅葉を見ようと思って」

「さくらもみじ?」

「そう。桜は春に花を愛でるものって思ってるだろ。でもな、秋の紅葉した葉も結構綺麗なんだぜ。
京は紅葉の都だし、紅葉した桜ってのも気に入ると思うよ」

「へぇ、すごく楽しみだな」

口元で指を絡めて想像を膨らます。
春に行った下鴨神社が、秋にはどんな表情を見せてくれるのか期待がより高まった。

「オレは、桜より姫君を愛でていたいけどね」

ぽつりと言ったヒノエの言葉は望美の耳には届かなかった。



秋の下鴨神社の光景は望美の想像を超えるものだった。

「うっわぁ」

予想以上の素晴らしさに望美は感嘆の声を上げた。

「すごい!すごいよ、ヒノエ君!」

赤・黄色・橙、色様々に紅葉した桜が望美たちを迎えてくれる。
春の桜色一色の光景とはまた違った素晴らしさだ。
望美は逸る気持ちを抑えきれずにタタッと駆けると、くるりと一周見回した。
どこを見ても、綺麗に紅葉した桜が目に写る。
秋の桜がこんなに綺麗なものだったなんて、望美は素直に感動した。

(いつもなら気付かずに素通りしちゃう紅葉した桜がこんなに綺麗に見えるのは、きっとヒノエ君のおかげ。
好きな人と見るから、こんなに綺麗に見えるんだ)

「ありがとう、ヒノエ君。こんなにいいもの見せてくれて」

振り向きざまに後ろからついて来るヒノエに声を掛けた。

「お気に召されたなら、何よりだ」

そこから、望美に追いついたヒノエと望美は並んで歩いた。
サクサクと落葉した葉の踏まれる音が耳に心地いい。
日は既に傾きかけていた。
薄く橙色に染まる空と、紅葉した葉のコントラストが一層秋の絶景を引き立てている。
肩を並べて歩きながら、望美はヒノエのことを考えていた。

(私はヒノエ君のことが好き。多分、ヒノエ君も私のことは嫌いじゃないはず。でも・・・)

普段のヒノエを見ていると分からない。
甘い台詞も、本心なのかどうなのか望美には見分けが着かなかった。
彼がプレイボーイだというのも知っているし、その理由もよく分かる。
自分も大勢の中の一人ではないか、そんな思いが心の片隅にあって望美はいつも不安だった。
それでもヒノエへの想いは募るばかり。
それは想っているだけでは抑えられないほど強く、大きくなっている。
だか、感情と言葉があべこべの望美は言葉で思いを伝えられる自信がなかった。

(せめて、自分の気持ちだけでも伝えられたら)

きゅっと手を胸の前で握る。

「ヒノエ君」

「何?」

望美は振り向いたヒノエの艶やかさに息を呑んだ。
赤い髪と夕焼けに染まった肌が、少年の顔を妖艶に変える。

(・・・綺麗)

望美はそう思った。
同時に伝えなくては、と。
今、この一瞬を逃したくない。

「あのね、私・・・」

その時、一陣の風が吹き荒れた。
落ち葉が舞い、二人に襲い掛かる。

「きゃっ」

望美は反射的に顔を覆う。
そして、さらにヒノエがそれを庇った。

「うわっ、ビックリした。もう、急に何だったの!」

おかげでタイミングを完璧に逃してしまった。

(折角、告白のチャンスだったのに)

「大丈夫だったかい?望美」

俯いている望美にヒノエは声を掛けた。
いつまでもふさぎ込んでいるわけにはいかない。
望美は大丈夫だと、顔を上げた。
すると、ヒノエの髪に赤く紅葉した葉っぱがついているのが目に入った。
さっきの妖艶な表情とは違う、子供っぽさに望美はクスリと笑った。

「ヒノエ君、髪に葉っぱが付いてるよ。取ってあげる」

「悪い」

そう言いながらも、ヒノエは少しだけ屈んでくれた。
望美はヒノエの頭に手を伸ばしたが、途中で止めた。
―――せめて、自分の気持ちだけでも伝えられたら。
その考えが、再び頭を過ぎった。

「ヒノエ君。もう少しだけ屈んで」

無意識にそう口にしてしまった。

「え?」

「いいから!」

もう十分手の届く位置まで屈んでいるはずなのに。
望美の言葉に疑問を持ちながらも、ヒノエはさらに屈んだ。
望美はヒノエの髪に指を差し入れ葉を取ると、そのままヒノエの頬に口付けた。
それは一瞬の出来事で、望美はすぐさまヒノエから顔を離し、背を向けた。
ヒノエは目を丸くして望美の背を見つめている。

「望美?」

「こっち見ないで!」

強く牽制するも、望美の頭の中はパニック状態だった。

(私、何やってるの!? )

伝えなくちゃとは思っていたものの、何であんな行動に出たのかさっぱりだ。
本当は耳にそっと囁くつもりだった。
なのに、その百倍は恥ずかしい行動に出るなんて。
望美は耳まで赤くした。

(後ろ怖くて振り返れない。絶対ヒノエ君おかしいって思ってるよ)

その時、望美は後ろからふわりと抱きしめられた。

「ヒノエ君!?」

「望美にも、落ち葉が付いてる」

(いやあぁぁ)

望美は心の中で絶叫した。
あんなことをしておいて、今度は落ち葉が付いてるなんて。
自分はどれだけ醜態をさらせばいいのか。

「ほら、ここに」

ヒノエは後ろから望美の頬に口付けた。
望美は驚いてヒノエを振り返った。
ヒノエはペロッと舌を出している。

「望美が悪いんだぜ。オレがしようとしていたことを先にしちゃうんだからさ」

「先に・・・って、ええ!?」

(それって、ヒノエ君も同じ気持ちってこと?)

「ヒノエ君、私のこと・・・」

好きなの?と聞こうとして、唇を人差し指で塞がれた。

「ダメだよ、望美。そこから先はオレが言うんだから」

そう言うとヒノエは望美を抱き寄せ、耳元で囁いた。

「好きだよ、姫君。どの世界の誰よりも」

望美は目に涙を浮かべた。
生まれてはじめての告白は、じんと胸に染み渡った。
望美はぎこちなくヒノエを抱き返すと、はっきりと返事を返した。

「私も好き。ヒノエ君が大好き」

「うん。だから、少しだけ目を閉じて」

ヒノエの声に望美はゆっくりと瞳を閉じた。
やがて、自分の唇にヒノエに唇が重なる。
抱き合う恋人たちを、桜たちが祝福するように葉を揺らした。



「あら、おかえりなさい。少し遅かったわね」

京邸に帰ると、部屋で朔が出迎えてくれた。
お出掛け用に着ていた着物を脱ぐのを手伝ってくれる。

「何だかとても嬉しそうね」

「分かる?」

ふふっと望美は笑った。
その表情は本当に嬉しそうだ。
朔は何かあったなと勘繰りはしたものの、深くは追求しなかった。

「それは?」

朔は望美の手に握られている物に目をやった。
望美が持っていたのは紅葉した桜の葉。
ヒノエの髪に付いていたものだ。

「今日の思い出、かな」

葉っぱを眺めて、少しだけ頬を染めると、チュッと葉っぱに口付けた。
大事な大事な今日の想い出。
二人を繋ぐ、赤い糸。



<了>



秋ということで紅葉の話を書いてみました。
「桜紅葉」という言葉は偶然辞書で見つけたもので、言葉が綺麗だったのでそれを題材にしてみました。
これを書くにあたって、実際の桜紅葉はどうなのかと周りの桜を見てみると
既に落葉していて紅葉は拝めませんでした。
そういえば、桜っていつの間にか落葉樹になってるよなと、桜の落葉の早さを改めて知りました。
というわけで、下鴨神社の桜の紅葉が綺麗かどうかは分かりませんが、
想像上の産物ということで綺麗なんだということにしておきましょう。。
私の近所の桜は散ってしまいましたが、まだ葉っぱが残ってると言う地域の方は
一度秋の桜を眺めてみるのもいいかもしれませんね。

「桜紅葉」は+αとしてヒノエsideもあります。よろしければこちらもどうぞ。