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恋路之闇・一章 薄暗い部屋。灯りは四方と手元を照らす蝋燭のみ。 部屋の中央に男は座り込み、両手をかざして卓の上にある水晶を見つめていた。 こんなに近くにあるのに、蝋燭の明かりは男の顔を全て照らし出すことはできない。 まるで、顔の部分だけ黒い布で覆っているようだ。 「失礼いたします」 背後から女の声が聞こえた。 男はその存在に気づいていながらも、振り返ることはない。 そんな男の態度に焦れたのか、女はその白く細い腕を男の首見回し、体を纏わりつかせた。 そして、男の耳元で紅を引いた唇から吐息と共に、艶やかな声で囁く。 「何をそんなに熱心に見ていらっしゃいますの?」 すっと水晶に視線を移す。 水晶の中には薄い紫色の髪をし、澄んだ翡翠の瞳を持つ少女の姿が映し出されているのが見えた。 「まぁ、この子は」 「白龍に異世界から召された神子だ」 ようやく男が女の言葉に反応した。 女は自分のことではなく、水晶の中の少女のことで反応したことに少しムッとしたが、 それを押し隠して次の男の言葉を待った。 「先の戦で熊野と手を組み源氏を勝利に導いた少女。 剣を振い戦う姿はまるで舞っているかのようで、その容貌は味方の八葉はおろか、 敵の将までをも魅了するほど美しい」 男の目が怪しく揺れた。 「わたくしの前で他の女の話をなさるなんて、寂しゅうございますわ。 それに、あなた様ほどのお力があれば、源氏も平家も敵ではございませんのに」 「くくくっ。私は戦も国にも興味はない。あるのは美しいもののみ。そう、お前のように」 そう言って女の頬をスッと撫でた。 それだけで女は頬を染め、嬉しそうに目を細めた。 「だからこそ、私はこの娘が欲しい」 その言葉には強い決意が込められていた。 女は知っていた。この男がどんなに魅力的で恐ろしい男なのかを。 この男は欲しいと思ったものは必ず手に入れる。 それがどんなに入手困難なものだろうが、どんな手を使ってでも手に入れてきた。 近くで見てきた自分には分かる。 何か、恐ろしいことが起こると。 女はゴクリと喉を鳴らした。 * * * 「ヒノエくん。こっち、こっち」 庭先に望美の明るい声が響き渡る。 ここは熊野。 源氏と平家の戦が終わり、望美はヒノエについて熊野へとやってきた。 戦では白龍の神子として源氏と共に戦ってきた望美だが、実際は高校2年生の普通の女の子であった。 元の世界が恋しくないわけではないが、愛する人と共にいるため、望美はこちらの世界に残ることを選んだのだ。 今はヒノエと結婚し、幸せな日々を送っている。 「何だい?オレに見せたいものって」 望美に手招きされてヒノエが近寄ってくる。 本名・藤原湛増。熊野別当の職に就く彼は、本日は珍しく自分の屋敷で休暇を取っていた。 たまの休暇を望美と共に過ごそうと、こうして望美のそばにいるのだ。 十分近くまで寄ってくると、望美は庭の一角を指した。 そこには以前京で譲が植えた花が咲いていた。 「譲君が植えてくれた花だよ。こっちに来る時持ってきたんだ。綺麗に咲いてよかった」 ふふっと望美が笑う。 そんな望身をヒノエは後から抱きしめた。 「折角一緒にいるっていうのに、望美は別の男の話かい?まったく、つれない姫君だね」 拗ねたように言うヒノエに望美は慌てて答えた。 「そんな、つもりじゃなかったの。私はただ、懐かしいなって思って」 「わかってるよ。あれから結構経つもんな」 コクリと頷いて、望美はヒノエの腕をぎゅっと抱きしめる。 「あの頃は皆で騒いで楽しかったけど・・・」 二人の頭の中に、他の八葉や朔・白龍と共に過ごした一年が思い出される。 辛いこともあったが、楽しかった一年。 その中でヒノエと望美は出会い、恋に落ちた。 お互い、大きく変わった一年だった。 「今は幸せだろ?」 ヒノエは望美の後頭部に口付けた。 「うん」 望美も振り返って、ヒノエを抱きしめる。 「望美、好きだよ」 囁くヒノエの言葉に、頬を染めながら望美も返した。 「私も。熊野に来てよかった」 自然に互いの唇が触れ合う。 そして、今ある幸せを噛みしめた。 しばらくして、望美は吐息を漏らしながら、唇を離そうとした。 だが、ヒノエはそれだけでは終わらない。 望美の腰に左手を回し、右手は肩から下のほうへ降りてくる。 「ヒノエくん!」 驚いた望美は思わず声を出した。 「まだ、昼間だよ」 「いいじゃん。折角の休みなんだから、楽しまなきゃ損だろ?」 「で、でも」 望見の抗議も虚しく、ヒノエの行動はどんどん大胆になってくる。 こうなったらヒノエに思いのままになるのがいつもの状況だか、 今回は思わぬ救世主(ヒノエにとっては邪魔)が入った。 「おやおや、昼間から手を出すとは、まったく君は犬や猫ですか?」 (この嫌味な声。こいつは) 「弁慶さん!」 「やっぱり、あんたか」 いきなり現れた叔父に、ヒノエはガックリと肩を落とした。 望美は先ほどまでのヒノエとの行為を見られたのかと、耳まで赤くして叫んだ。 前熊野別当・湛快の弟にしてヒノエの叔父にあたる弁慶は、先の戦では源氏に組し、 策士・薬師そして八葉の一人として共に戦った仲間である。 「何であんたがここにいるんだよ」 ヒノエがあからさまに嫌そうに言った。 「熊野は僕の故郷ですよ。里帰りをするのが悪いことですか? ここに来たのは兄の様子を見たついでに、君たちの様子も伺いに来ただけです。 親切にここの女房さんが庭まで案内してくれましたからね」 ヒノエの屋敷の女房たちはやたらと弁慶に弱い。 それは弁慶の容貌のせいでもあるが、実際は弁慶の巧みな言葉のせいだろう。 「よく言うぜ。前は全然寄り付かなかったくせに、望美が来たとたんにちょくちょく顔を出しやがって。 どうせ、今日も親父じゃなくて、望美に会いに来たんだろ」 「バレましたか。 では、望美さん。こんな野生動物なんかほっといて、僕と一緒に来ませんか?」 「えぇっ!」 望美は急な展開についていけず、ますます顔を赤くした。 「何勝手に口説いてやがる。用が済んだらとっとと帰れ」 望美を背中にかばい、しっしっと手を振る。 そんなヒノエに怯みもせず、弁慶はさらりと言った。 「残念ですけど、僕はしばらくここに滞在します。兄からも許可を貰いましたしね」 「なんだって!」 「そうなんですか」 「ええ。だから暫くよろしくお願いしますね。望美さん」 にっこりと微笑む。 「はい。あ、だったら今日の夕ご飯、弁慶さんの好きなものにするよう家の人に言ってきますね」 そう言って、望美はパタパタと屋敷に戻っていった。 庭に取り残された男二人は、望美の後姿を見送った。 「はぁ~。折角の休みだったのに」 望美の姿が見えなくなると、ヒノエは大きな溜息をついた。 「ふふっ、このくらいの意地悪は許されたものでしょう」 弁解は先ほどの優しい微笑みとは一変して、黒い笑みを浮かべた。 相変わらず食えない男だとヒノエは思った。 「で、あんたが熊野に帰ってきた理由。ただ、望美の様子を見に来たってわけじゃないんだろ? 何が目的なんだ?」 ジロリと隣に立つ弁慶を睨む。 その瞳には、真意を知りたいという気持ちと、望美との情事を邪魔された憎しみが込められていた。 「ええ。今回来たのは『暁』という集団の行動を探るためです」 弁慶の目が真剣なものになる。 同時にヒノエの目も鋭くなった。 「暁?その集団はもうだいぶ前に解散したはずじゃ」 「そうです。源氏と平家が争っていたここ数年、彼らはまったく動きが無かった。 そのうえ、姿が誰にも見られていないことから、今では解散したのではないかという話になっています。 しかし、最近になってその暁が熊野を狙っているという情報を手に入れました」 「その情報は確かなのか?オレの烏は何も言ってなかったぜ」 「僕も極秘に手に入れた情報です。ですから、今回は事の真偽を確かめに来たんです」 「・・・・・・」 ヒノエは考えた。弁慶は根拠なしに動く男ではない。 暁が熊野を狙っている。 もし本当だとすれば、大変なことになる。 「ヤツ等は何を狙っている?領地か?他の何かか?」 「わかりません。彼らに関する情報は余りにも少なすぎる。 噂に寄れば源氏をも凌ぐ力があるとか。しかし、これまで国や領地を狙った経歴はありませんね」 「じゃあ、一体何を」 「美しい装飾品や、掛け軸、着物、その他もろもろ。そして・・・人」 ヒノエは最後の言葉に目を見開いた。 「人?」 確かに、盗みや殺戮を犯す者たちの中には、事のついでに女や子供を攫っていく場合もある。 それも、そんなに珍しいことではない。 だが、今回は何故かその言葉が耳に残った。 「熊野はこれまでもそれなりに勢力を保ってきました。 なのに、今まで熊野を狙わなかったものを今になって狙う。 前の熊野と今の熊野と変わったところは特に無いと思います。 ですが、加わったものはある」 加わったもの。 ヒノエの頭に愛しい新妻の姿が浮かぶ。 熊野を動かし、源氏を勝利へと導いた美しい異世界の少女。 「まさか」 「その可能性はあります」 だから、僕は戻ってきたんです。と弁慶は言った。 ヒノエは拳を強く握り締めた。 弁慶が熊野に滞在して一週間ほど過ぎた。 これまでヒノエと弁慶は暁に対する情報を何とか手に入れようとしてきたが、 芳しい情報は手に入っていなかった。 やはりデマだったのだろうかと思いかけたある日、藤原邸に訪問客が訪れた。 「お初にお目にかかります。私は旅の一座の座長の浅葱と申します」 浅葱と名乗った男は深々とヒノエに頭を下げた。 旅をしながら全国を回っているというこの一座は、今回は熊野で活動していこうと 思っている旨を伝えに来たのだ。 年は20歳後半ごろだろうか、精細な顔立ちをしている。 切れ長の目に、すっと通った鼻筋、そして少し薄い唇。 どれも顔のあるべきところにあるという感じだ。 ヒノエの後ろで普段から美形に囲まれている望美も、思わず「綺麗な人だな」と思ってしまった。 「旅の一座ねぇ。わざわざ挨拶に来てくれたんだ。これから丁度夕食だし、 折角だから余興でもやってもらおうかな」 突然のヒノエの申し出に、浅葱は嫌な顔一つせず二つ返事で答えた。 「それはもう、楽しいひと時をお約束いたします」 頭を下げると、準備がありますのでと屋敷を出て行った。 振り返る時、浅葱の視線が望美を掠めたのに誰も気づかなかった。 楽の音が響きわたる。 中央で舞っているのは白拍子姿の美しい女。 上座にはヒノエ・望美・弁慶が座り、下座には一度舞を見てみようと集まった水軍集が座っていた。 舞が終わると女はヒノエにスッと頭を下げて退いた。 「なかなかいい見物だったよ。名前はなんていうんだい?」 ヒノエはパチパチと拍手を送りながら言った。 望美も素晴らしい舞だと思った。 自分もやっているからこそわかる。この人はすごい舞手なのだと。 「お褒めにいただき光栄にございます。名は胡蝶と申します」 そう言ってまた頭を下げた。 ヒノエは満足そうに頷くと浅葱に問いかけた。 「活動は勝浦でするんだって?」 「はい。仮住まいもそちらの方に。」 「ふ~ん」 返事もほどほどにして、ヒノエはある提案を浅葱に持ちかけた。 「ところで、うちにもすごい舞手がいるんだけど、是非こっちも見ていってくれるかな?」 「どなたが舞われるのですか?」 浅葱が問うた。 ヒノエはチラッと望美を見る。 その視線から望美が舞うことを察すると浅葱は驚きの声を上げた。 「奥方様が?」 「えぇ!?無理だよ。最近練習してなかったし、本業の人の前で舞うなんて」 望美は首を振った。 しかし、ヒノエはなおも推し進める。 「こいつはこれでもすごい舞手でね。神泉苑の雨乞いの儀式で、雨を降らせるほどの実力がある」 「そんな、あれは・・・」 望美は抗議の声をあげるが、ヒノエはパチッと方目をつぶって見せた。 「大丈夫。お前の舞のすごさはオレが保障するよ」 「そうです。僕も久しぶりに望美さんの舞を見てみたいですね」 ヒノエと弁慶の二人に促され、望美はしぶしぶ承諾した。 「何を舞われますか?」 浅葱の言葉に望美はしばし考えた。 「じゃあ『柳花苑』を」 それを聞いて浅葱は素直に驚いた。 「『柳花苑』を舞われるのですか。これはまた古風ですね。 いえ、今は余り踊れる方が少ないと聞いているものですから。 それは是非拝見させていただきたいですね」 「そんなに期待はしないでください。では、舞わせていただきます」 一礼して、望美が軽やかに舞いだす。 昔の舞なので楽の音もないが、望美の舞はそれに引けを取らないほど素晴らしいものであった。 舞が終わると望美は礼をした。 だが、反応がない。 ヒノエたちからもだ。 「あの、終わったんですけど」 望美は何か粗相があったのかと、おずおずとたずねた。 「いえ、すみません。あまりに美しい舞だったものですから」 「ああ、本当にお前の舞は素晴らしいね」 「久々に拝見しましたが、前より上手くなったようです」 浅葱・ヒノエ・弁慶の言葉にほっと胸を撫で下ろし、元の席へとついた。 「本当に良い舞手をお持ちだ。どうです?我々の一座に入っては」 「そんな、私なんか全然」 「では、素晴らしい舞姫に、秘蔵の古酒をさしあげましょう」 「ありがとうございます。でも、私お酒のまないので、気持ちだけ受け取っておきますね」 望美は困ったように手を顔の前で降った。 そんな望美の肩を抱き寄せ、ヒノエは意味ありげに答えた。 「ふふっ、こいつの舞はこれだけじゃないんだぜ。褥の中で見せる舞は最もオレを魅了する」 ヒノエの言葉にその場全員がピクリと反応する。 「な、何言ってるの!」 意味を察して望美は頬を赤く染めた。 「ホントの事だろ」 ニヤリとヒノエは笑った。 「それはそれは、お二人はとても仲がよろしいのですね」 「浅葱さんまで。私、お酒持ってくる」 居たたまれない状況に、望美は適当に理由をつけて部屋を後にした。 「本当に可愛らしい」 ボソリと誰にも聞こえないほどの小声で浅葱は言いった。 「もぅ、ヒノエくんは何であんなこと言うかな」 盆に酒を入れた銚子を載せ、望美はブツブツと文句を言いながら廊下を歩いていた。 「お持ちいたしましょうか?」 「あ、浅葱さん」 下を向いて歩いていたせいで、まったくその存在に気づかなかった。 それどころか、気配すら感じ取れなかった。 感じた違和感を不思議に思いつつも、望美は愛想よく笑った。 「そんな、お客様に持たせるなんて。それに、どうしてここに?」 「あなたと一度話しをしてみたかったと言ったら、あなたは驚きますか」 「私と、ですか」 「ええ。あなたは剣を持たれるそうですね。何故です?あなたには八葉という盾がいたでしょう」 盾という言葉に望美は顔を厳しくした。 「私は、皆を盾とは考えていません。八葉は仲間です。 皆が私を守ってくれるように、私も皆を守りたい。だから、私は剣を取ったんです」 「あなたが八葉を守る?」 「はい。この時代には変わった考え方かもしれませんが」 「いえ。とても良い考えか方だと思いますよ。少なくとも、私はそれでよいと思います。 あなたに守られる八葉は幸せですね」 浅葱はふっと微笑んだ。 「私もあなたの八葉であれば良かったのに」 そう言って浅葱は望美の髪をすくい、口付けた。 その姿に望美は一瞬ドキリとした。 「望美、何やってるんだ?」 宴会の開かれている方からヒノエの声がした。 見ると、ヒノエが眉を寄せて近づいてくるのが見えた。 ヒノエは浅葱が望美の髪を握っているのを見つけると、スッと二人の間に割って入った。 「あんた、何者だ?」 「私はただの一座の座長ですよ。では望美さん、話の続きはまたの機会に」 そう言って浅葱は望美の髪を手放し、背を向けて部屋へと入っていった。 それを見届けると、ヒノエは真剣な顔で望美に言った。 「望美、あいつには無闇に近づくな」 「悪い人には見えないけど」 「なんか嫌な予感がする」 そういうヒノエに対し、望美はどうしても浅葱が悪い人には見えなかった。 ヒノエは空を仰いだ。 「近々嵐が来るな」 これも、何かの予兆なのか、とヒノエは思った。 * * * 仮住まいの屋敷に帰宅した浅葱は、胡蝶に酌をさせ酒を飲んでいた。 珍しいほどの上機嫌である。 「あの娘、思った以上によい娘だ」 「白龍の神子ですか?」 差し出された猪口に酒を注ぎながら胡蝶が尋ねる。 「そうだ。容姿も美しいが『柳花苑』が舞えるというのも興味深い。 そしてその心はとても澄んでいる。まだ穢れを知らぬ心だ」 浅葱は水晶を取り出した。 しばらくするとその中に望美の姿が現れた。 「それを私が穢す。こんな楽しいことはない」 ククッと浅葱は笑った。 すっと手をかざす。 すると、水晶に移った望美は黒い靄に覆われ、水晶は漆黒に染まった。 「胡蝶。お前は別当殿につけ。あれはなかなか鋭い。お前の美貌で骨抜きにしてやるといい」 「・・・はい。かしこまりました」 予想外の命令に胡蝶は一瞬動きを止めたが、了解した。 「私は必ずあの娘を手に入れる」 そう言って浅葱は酒を一気に飲み干した。 <了> 始まりました。連載ss「恋路之闇」。 二人ほどオリキャラが出てますが、彼らは必要な人物なのでオリチャラ嫌いな人もノータッチで。 ヒノエを書くなら一度は弁慶を絡ませなければと、勝手な義務感によって、彼を登場させました。 『暁』の情報を持ってくる大事な役です。そして、最後までずっと付いて回ります。 何のために?って、それはもちろん可愛い甥の邪魔をするためです(笑) そんなこんなで、「恋路之闇」続きます。 |