甘い罠




「ちょ、ちょっと待って!」

望美の一声で、オレはピタリと動きを止めた。
抱きしめるために伸ばした腕は行き場を失い、仕方なく引っ込めた。

「またかい?いい加減になれろよ」

「だってぇ〜」

望美は顔を赤らめてそっぽを向いた。
オレは内心溜息をつく。
ちょっといい雰囲気になって、オレが手を出そうとすると望みが拒む。
何も初めてのことではない。
望美がオレを拒む理由はただ一つ、『恥ずかしい』からだ。
そんな初々しい姿も可愛いけど、さすがのオレもそろそろ限界だね。
ここは一つ罠でも仕掛けてみようか。

「わかった。オレはもう何もしないよ」

降参とばかりに両腕を上げる。
その言葉に望美は「えっ?」っとこちらを見る。

「オレは何もしない。だから、望美の頃合で俺に触れてよ」

「・・・それ、つまり・・・私から触れろってこと?」

いぶかしむ望美に、オレはにっこり笑って見せた。
ここで不安にさせちゃいけないからね。
獲物を捕まえるためには、如何にこちらが安全か信じ込ますことが大事なんだ。
望美はしばらく躊躇していたが、やがてソロソロと手を伸ばしてきた。
オレの腕に触れるか触れないかくらいの距離まで近づく。
しかし、ここまできてまたしても恥ずかしさが出てきたのか、望美は伸ばした手を引っ込めようとした。
オレはそれを許さず望美の腕を掴んで、引き寄せた。

「きゃっ!」

望美は体制を崩してオレの胸に倒れこむ。
そして、オレは望美を両腕で抱きしめた。

「・・・っ///。ヒノエくん!」

「何?」

作戦がうまくいったことに満足して、笑いながら答える。

「何もしないって言ったじゃない!」

今は恥ずかしさより怒りのほうが勝っているのか、語尾が強くなっている。
こんな風にコロコロと表情が変わるのも望美の魅力の一つだけどね。

「そんな可愛い姿を見せられて、何もしないでいるほうが無理な話だね。それに・・・」

オレはわざと望美の耳元で囁くように言った。

「今、お前もオレに触れたいって思ったろ?」

それを聞いて望美の頬がまた赤くなる。
望美は答える代わりに、オレの胸に顔を埋めて、ぎゅっと着物を掴んだ。
その反応を肯定と解釈したオレは望美を抱きしめる腕により一層力を込めた。
悪いけど、当分離す気はないよ。
とりあえず、今回はオレの勝ちかな。
これからもいろいろな罠を仕掛けてお前を翻弄していくから、覚悟しておきなよ。
オレの恥ずかしがり屋の姫君。



<了>



開設記念のフリーssとして書いたものです。現在は終了しています。
押してだめなら引いてみろ!というのが本来のあり方でしょうが、
ヒノエの場合「押して引いてまた押す」というのがコンセプトになってます。
ヒノエの罠にあっさりハマってくれる望美。
そんな二人のやり取りが好きです。
基本的に一人称はあまり書かないので、ヒノエの一人称は苦労しました。
でも、心の中のが細かく書けるので、これもアリかなと思った話です。