手の届く距離 『ユリウス、 ユリウス・・・。 どうしていなくなったの? どうして私を置いていくの・・・』 ああ、また声が聞こえる。 時計屋を思う彼女の声が。 ユリウス、ユリウス。 四六時中聞こえてうるさいくらいだ。 だが心を読むのをやめられない。 引越しがあってから暫く経つというのに君は未だに時計屋のことを忘れられないらしい。 仕事をしていても、食事をしていても、私が君の事を考えているときだって、君の頭は時計屋のことで一杯だ。 始めはここにはいない時計屋のことを心配しているだけだと思っていたが、どうもそれだけじゃない気がする。 「君は、時計屋が好きなのか?」 今も暗い顔をして考えにふけっているアリスを前にして、私はイライラしていた。 そしてつい聞いてしまった。 アリスは一瞬きょとんとした顔をしたが、あっさりと答えてくれた。 「好きよ。大好き」 あっさりしすぎてこれ以上聞けない。 『あの人は大切な人だった』 アリスはそう思う。 大切・・・。 私も君が大切だ。 夢から表の世界に引きずり出されて、君と日常を過ごせるようになった。 嫌な仕事にも前よりかはちょーっぴり真面目に取り組むようになったし、 ほんのちょっとだけ健康面にも気を使うようになった。 いや、病院にはいかないぞ! 私は注射も苦い薬も大っっ嫌いだからな!! しかし、好きという言葉にはいささかショックを受けた。 ショックを受けすぎて吐血しそうだ。 「うう・・・、気持ち悪い。・・・吐く」 「吐くって、もう吐いてるじゃない!」 私が口元を押さえるとアリスの気持ちはこちらに向いた。 今は時計屋のことではなく吐血する私のことで頭が一杯だ。 それを知って少しだけ気分がよくなる。 「だから病院に行けって言ってるのよ。それが無理ならせめて薬を飲んで」 「嫌だ。あの薬はとてつもなく苦いんだ」 それに健康になったら君は私に見向きもしなくなる。 こうして気遣ってくれるのも私が不健康だからだ。 「仕方ないわね。ほら、しっかりして」 そう言ってアリスは私の背中をさすってくれた。 彼女の細い指が背中を上下する。 「うう・・・、すまない」 情けない。 こうでもしないと君に触れることができないんだ。 * * * 「久しぶりだな、ユリウス」 私はユリウスの夢の中にいた。 現実では国が分かれていても夢は全て繋がっている。 以前ハートの国に出張に出ていた時のように、私は夢を渡りユリウスと接触をはかった。 「ああ、そうだな。ずいぶんと久しぶりだ」 こいつは同居人が、アリスがいなくなって何も感じていないのだろうか。 そう思って心に探りを入れる。 私は確かめに来たのだ。 ユリウスはアリスのことを何とも思っていない。 いつも通りの陰湿で、偏屈な時計屋。 それを確かめるために私は彼の夢に入り込んだ。 「アリスは、元気にしているか」 「え?」 ユリウスは探りを入れる前にそう聞いてきた。 目を見開く私にうつろな目を向ける。 「いるんだろう、お前のところに。あいつは元気にやっているのか」 「ああ、元気にしているよ」 心の中を覗く。 心配だが、心配してほしい。 幸せになってほしいが、幸せになってほしくない。 矛盾した考えが時計屋の心を占めている。 (こいつも、アリスと一緒なんだな) 素直じゃない。 根暗で、頑固で、後ろ向き。 (変わったのか) 彼女と一緒にいることで時計屋は変わってしまった。 これは私の望んだ答えじゃない。 二人が思い合っているなんて、あってはならない。 もし、時計屋がいままで通りだったなら、私は喜んで彼女に伝えただろう。 やつは君のことなど何とも思っていない。だから忘れろと。 だが現実は違った。 「彼女は元気だ。私の元で働いて、今まで通り暮らしているよ。君がいなくてもね」 嘘だ。 二人はどんなに距離が離れていても心は一番近いところにある。 時計屋は悲しそうに、だが同じくらい嬉しそうに目を伏せた。 「悪夢だな」 「そうだ。私は夢魔だからね」 悪夢だという時計屋は少し笑って見えた。 アリス・・・。 君にはこれからたくさんの嘘をつくだろう。 ひょっとしたらそのせいで怖い夢や嫌な夢を見ることが増えるかもしれない。 その時は私が守ってあげる。 現実でも夢の世界でも、私だけが君を守れる存在だ。 だからいつか気づいて欲しい。 君の一番傍にいるのは私なのだと。 手の触れられる距離にいるのは私なのだと。 これが私の愛し方なのだから・・・。 <Fin> ユリウスの「手の届かない距離」のついになる話です。 これはアンケートの「ナイトメア×アリス希望☆シリアスな感じのが好みです♪」を参考に書きました。 作中ではナイトメア→アリスですが、ナイトメアルートを前提としているのでいずれ両思いになるということで。 コメントしてくださった連”笑”さま(連さま?笑さま?)ありがとうございました。 なかなかアリスに触れることができない関係を書いてみました。 あと気になる女性の心には違う異性の姿があるという、嫉妬ですね。 シリアスなのに吐血だけはどうしても外せませんでした。 彼はシリアスを台無しにしてくれます。 それがナイトメアなんですけどね(笑) |