帽子屋屋敷湯煙旅情




「・・・・・何であんたがここにいるのよ」

私はあからさまに嫌な顔をした。
ここは帽子や屋敷の大浴場。
お風呂好きの私にとって入る必要がないこの世界でもお風呂に入ることは日課となっている。

「何で? 浴場にいるからには風呂に入るために決まっているだろう。
それとも君にはそれ以外にも目的があるというのかね」

目の前で酒を飲みながらブラッドはだるそうに言った。
彼とここで会うのはそう珍しいことではない。今までにも何度も会ったことがある。
まるで私が来るのを見計らったかのようなタイミングでだ。
ただ今日いつもと違うのは彼が一人だということ。
一緒にいるはずのエリオットがいない。今はブラッド一人だ。

「ないわ。私が聞いてるのは何であなた一人が入浴しているかということよ。エリオットはどうしたの?」

「エリオットはいない。ずっと一緒にいるわけではないんだ」

それはそうだ。
二人はマフィアのボスとそのナンバー2でそれぞれ仕事がある。
空いてる時間がいつも同じというわけではない。
一人で風呂に入っていても不思議はない。が。

「そう。なら私は遠慮するわ。邪魔したわね」

くるりと踵を返す。
エリオットがいてほしいというわけではないが、ブラッドと二人きりというのはマズイ気がする。
いろいろな意味で危険だ。

「待ちなさい」

立ち去ろうとした背中に声がかかる。
強くはないのに有無を言わせない威圧感のある声だ。
思わず立ち止まってしまう。

「何よ」

振り返ると浴槽の縁に腕を付いて顎を乗せているブラッドと目が合ってしまった。

「君はエリオットがいないと入れないのか?」

不機嫌そうな声。
私がエリオットがいないと気にしたのが気に入らなかったらしい。
男の独占欲ってホントしょうもない。
私はひっそりと溜息を付いた。

「そうじゃないわ」

エリオットがいようといまいと問題はない。
ただ、こいつと風呂に入るというのが問題なのだ。
特に今は二人きり。恥ずかしいとか通り越して危険だ。

「なら問題はない。おいで」

私が危惧していることなど知ってか知らずか、甘い声を誘うような甘い表情をして手を差し出す。
しっとりと濡れた髪。
濡れた首筋。
濡れた指先。
染み出した汗が玉となってからだのラインに沿って一筋なかれた。

ドクン

まだお湯に浸かったわけでもないのに、じんわりと体が熱くなる。

「いいって言ってるしょ。私はあとからゆっくりと入るわ」

悟られないようにワザと強く言い張る。

「君も強情だ。入らないと私から君を捕まえに行くよ」

「その前にここから出て行くわ」

「ここは内からなら鍵が掛かるが、外からは掛からない。君が着替えている間に私が追いつく。
もっとも、君がその格好で屋敷内をうろつきたいと言うのなら止めはしないが」

にんまりと笑って私の体を見る。
今の私はバスタオルを一枚巻きつけている状態だ。
私は露出狂じゃない。こんな姿で歩き回るなんてごめんだ。

「おいで」

もう一度ブラッドが誘う。
甘い声は広い室内で響き、私の鼓膜を振るわせた。 

「わかったわ」

私は諦めて湯船に向かった。
ただし、真っ直ぐブラッドの元へとは行かず、方向を45度変えてできる限り
ブラッドとは離れたところでお湯に浸かった。

「可愛げのないお嬢さんだ」

ブラッドは溜息をついた。

「私に可愛げなんて求めるのが間違いなのよ。これで文句はないでしょ」

「・・・・・。君こそ間違っている。私は君の前の恋人ほど誠実な男じゃない。
逃げられると追いかけたくなる。それが男心というものだ」

「なっ! ちょっと近づいてこないでよ」

ブラッドは面白そうに笑みを作ると、すいすいと泳ぐように私のほうへ寄ってくる。
当然私は逃げた。
だが、いつの間にか背中に壁が当たり逃げ場がなくなっていた。

「捕まえた」

縁に両腕を付き私が逃げられないよう腕で格子を作る。

「離れてよ」

目の前にブラッドの体がある。
大して運動とかしていそうもないのに、その体は程よく筋肉が付いていて魅力的だ。

ドクン

体が熱い。
この熱はお湯に浸かっているからという理由だけではない。

くらくら ぐるぐる

ボーとする。目がとろんとなる。

「私を誘っているのか」

ふっとブラッドが笑う。

(それを言うのはこっちのほうよ)

ブラッドは私の顎を上げキスをした。
始めは軽くだったものがだんだんと深くなる。

「・・・・はっ」
ブラッドの唇は私の唇から額、瞼、頬、顎へと到達し、今は首筋を舌でなぞっていた。
体が密着している。お互いの体が濡れているため余計に引っ付く。

くらくら ぐるぐる

「・・・・熱い」

目が霞む。
力が抜ける。

「アリス?」

ブラッドが顔を上げて私の顔を覗き込む。

「もう・・・ダメ・・・」

ガクリうな垂れる。

「アリス!」

遠くでブラッドの慌てた声が聞こえる。
たまにはブラッドも困ればいい。
いつも私ばかりが意地悪されて振り回されているのだから、いい気味だ。
私は薄れた意識の中で得意げに笑った。 
薄っすらと目を明ける。
目の前にはもう見慣れた天井がある。
帽子屋屋敷にある私の部屋だ。
窓からは柔らかい夕日が差し込んでいる。
お風呂に入ったのは夜だったはずだ。
それがもう夕方。
もしかしたらそのまま夕方になったのかもしれないし、その間に別の時間になったのかもしれなかった。
この世界の時間はバラバラで、正確な時間などわからない。

(私・・・どうして?)

ぼんやりと天井を見つめて考える。

(大浴場に行ったらブラッドがいて、一緒にお風呂に入って・・・それから)

「倒れたんだ」

情けない。
のぼせて倒れるなんて。
情けなさ過ぎて溜息が漏れる。

「そう。君は倒れたんだ」

「! ブラッド!」

ガバッと布団を跳ね除けて起き上がる。
ベッドに越し掛けて、楽しそうに腕組みをしている。
人が倒れたというのに心配という言葉はないらしい。

「何でここにいるのよ」

不満を隠さず表す。

「ずいぶんは言い草だな。君を介抱してやったんだ。むしろ感謝してほしい」

だるだると話すブラッドはいつも通りだ。
いつも通り過ぎてムカつく。
だが、ある言葉に引っかかった。

「介抱ですって」

「そう。君を運こび体を拭いて、着替えまでしてやった」

そう言われて体を見下ろすといつも着ている寝巻きが目に入る。
つまり、私はこいつに体の隅々まで見られたってことだ。
体が熱い。
今度は怒り出だ!

「あんた純情な乙女になんてことを」

ぶるぶると握った拳が震える。
殴りたくなるのを必死にこられた。

「純情? 君はそんな綺麗のものではないだろう。
ああ、裸を見られたことなら気にするな。今さらだろう」

ブチッ

私の中で何かが切れた。 

「そういう問題じゃないわよ!」

今度は本当に手が出た。
これ以上抑えることはできない。
我慢は体に悪いのだ。
だからこれは体のため。自分のためだ。
ついでに言えば、こいつは殴られるに値することをしてくれた。
マフィアのボスとかそんなのはどうでもいい。

「これだから純情ではないというんだ」

ブラッドはそれをひらりとかわし、手首をつかんでベッドに押し倒した。

「君は病人だ。だから大人しく寝ていないといけない」

言葉だけ聞くと心配しているように聞こえるが、行動がそれに伴っていない。

「なら、大人しく寝かせてちょうだい」

「だから寝かせてやっているだろう。君は寝ているだけでいい」

太ももを撫で回しながらブラッドは言う。

「は?」

「私はね、これでも心配したんだよ。君がのぼせたのは私のも責があるようだし。責任は取らないとな」

「責任って・・・」

そんなものはどうでもいい。
私は早くこの出来事を抹消してしまいたいのだ。

「優しくしてあげるよ」

そう言ってブラッドはキスをしてきた。
私はまた熱が上がってきて、何も考えられなくなる。

「ブラッド・・・」

「君は何も考えなくていい。ただ、私に体を預ける、それだけでいいんだ」

甘い声が耳を擽る。

「最低な男ね・・・病人に手を出すなんて」

私はそっとキスをした。
顔に触れた髪で気づいた。
彼の紙はまだ濡れたままだ。
体を拭く間を惜しみ、そして忘れるくらい私のことを心配してくれたのだ。

「最高の褒め言葉だな」

ブラッドは笑って口づけを返してくれた。
仕方ない。
体はもう平気だけど(それを言ったら加減しなさそうだ)、今日は大人しくしていることにする。
今日だけ、だけどね。



<Fin>



初!ハトアリss。
管理人がブラッドにハマっているため、記念すべき第一作はブラアリです。
個人的にブラッドと二人っきりの入浴シーンが見たかったので書いてみました。
私の中でブラッド=セクハラ男です(笑)